第11話 邂逅 後編
意識の海を漂う。沈みゆく体に、落ちていく心。そこにあるのは、自分という名の抜け殻だけだった。
いや、これはもしや、
何度も言ってるでしょ。
ルシも、一緒に来ない?
あんたは、私の事どう思ってるの……?
リアナ・リーベル。彼女をぜひ俺達のパーティーに加えたいと思ってな。
所詮
ルシ............。これが、最善なんだよ
今まで、ありがとうね。
記憶から無作為に取り出された言葉たちが木霊する。
いい目をしてるね。勇者になろうっつーバカはいくらでも歓迎するよ!
よ、良ければ私たちと。
俺の名前はキース。
あ、じゃあさ!私達のパーティーに入らない?
これからよろしくね、ルシード君。
目標があるのはいいことだ。
だから、今回もルシードさんを信じます。
よーっし!今日は祝勝会だ、パーッとやろうぜ。
実は、俺の気になってる奴は、メイなんだよ。
僕は、ルイナちゃんかな
お前が、邪魔だったんだよ
ルイナちゃんは、僕のものだ。
僕だけの彼女なんだ。誰にも、誰にも渡さない.......!
精々魔獣の餌にでもなってやがれぇ!!!
有象無象の記憶に溺れる。僕は、一体、どうすれば良かったんだ───?
「ん、んん.............」
暗い海は消え、視界が開けていく。ぼやけた瞳が写したものは、焦げ茶色の天井だった。
「む、ようやく目を覚ましたか」
聞き慣れぬ声が反響して、耳に届く。
「..............?」
なんだ、と思いそのまま上半身を起こす。すると、脳天を突き抜けるような鋭利な痛みが走った。
「………………!!!」
その瞬間、意識が完全に覚醒する。そうだ、僕は魔獣に追われて、何とかこの洞窟に転がり込んだんだった。
「裂傷も足の骨折も治っておらん。無駄に動く必要はない」
そう語りながら、こちらへと歩いてくる人物が一人。絹糸のような
「君は………?」
「私はルイン。お前は?」
「僕は、ルシード・アルティシア」
「何……?」
僕が呆然としながらそう答えると、ルインは眉を潜めた。そして、僕のリングと刀をそれぞれ見やると、何やら笑みを深め始めた。
「ほう……。アルティシアの姓に、常夜刀・狭間に、適性を持たない
「え.......?」
その言葉の意味は、全く持って理解出来なかった。アルティシアの姓に何かあるのか?そもそもなぜ見ただけでこの刀の名称を当てられたんだ?
疑問は尽きない。しかし、確かなものもある。それは、彼女は僕の何かを知っていることだ。
「君は、一体何者なの?」
「何者、か。そうだな。端的に言えば、この世に魔術という概念を生み出した者。言わば、魔術の祖だ」
「魔術の、祖.......。って、まさか、魔術王ルイン?!」
思わず大声を出してしまい、傷に響く。しかし、そんな痛みも吹き飛んでしまうほどの衝撃だった。
「知っているのか」
「知っているも何も、知らない人はいないよ!紀元前、人々に魔力とそれを現界する素質を与えた神様。魔術王ルインとも呼ばれていて、今でも崇められている存在だよ!役割を終えたルインはどこか深い森で眠りに着いているって話しだったけど、それってまさか───」
「そう。まさにこの洞窟が、私の終着点なのだ」
そう言って、彼女は洞窟の壁をさする。まるでゆりかごにでも触れるように、そっと。
「それにしても、もしや私の話しを信じているのか?私が本当にルインである証拠などどこにもない。戯言と片付けるのが普通であろう?」
彼女は僕を見定めるように、瞳を細めた。
当然、そんな突拍子もない話し、信じられるわけがない。今こうして対話しているのが神様だなんて、思えるわけがない。
けど、どうしても完全否定することが出来なかった。
「..........そうだね。僕も正直、半信半疑だよ。けど、普通に考えて君みたいな少女がこんな場所に一人でいるのはおかしな話しだ。それに何より、君の雰囲気は人のそれとは違う気がする」
「.............ほう」
彼女は口角を上げ、ふむと一つ頷いた。
「ルシード・アルティシア、か。どれ、少し見てみるか」
ルインはそう言うと、僕の胸にそっと触れた。すると、淡い光が数秒ほど灯り、やがて音もなく消えていった。
「何を.......?」
「ふむ。これはまた、難儀な人生を送っているものだ」
ルインは薄く息を吐きながら、そう告げた。察するに、今のはこちらの記憶を読み取るような魔術だったのだろう。
「............なあルシード」
ルインは神妙な顔つきで、一つの問いを投げてきた。
「お前が今一番欲しているものは、なんだ?」
「え.......?」
「正直に答えてみろ。お前は、何を望んでいる?」
ルインは全てを見透かすような視線でこちらを射抜いてくる。その問いの意味も、語らぬまま。
僕の、望み。本来の僕の望みは、あの村でみんなで幸せに暮らすことだった。しかし、現実は激しく流転していき、今では命からがら
どうして、こんなことになったのか。なぜあんな目に合わなければならなかったのか。
大切な家族であるリアナを、軽薄な勇者に奪われた。リアナを取り返そうと王都にやってくるも、パーティーの仲間に裏切られ追放された。
今一度考える、僕の望み。絶望に見舞われた時、何があれば打開出来たのか。これからの人生、あんな思いをしないためには、何を欲すればいいのか。
そうだ。僕に欠如しているもの。僕が心の底で望んでいるもの。それは、
「───力が、欲しい」
「..............」
「どんな理不尽も跳ね除けるような力が欲しい!自分の守りたいものを守れるような力が、僕には必要なんだ.......!」
優しさだけでは何も守れない。何もなし得ない。綺麗事を吐こうと、思考を回そうと、詮無い事なのだ。力があれば、圧倒的な力さえあれば、何も失わずに済んだんだ。僕が全てを守り、全てを手に入れようとした時、最も必要なものは、力に他ならない。
ようやく、その真理に気がついたのだ。
「ふん、つまらん答えだ」
「どう言われてもいいさ。けど、僕の望みは、それなんだ」
全てを吐き出した。別に共感も感心も得ようとはしていない。ただ、自分の中で納得した答えが、それだっただけだ。
「つまらん。全くもってつまらん。.............が、口にしている人間はこの上なく面白い」
「え?」
「言葉とは何を言うかではなく、誰が言うかが重要になるというのは、
ルインは一瞬笑みを浮かべるも、すぐに厳粛な表情に変わっていった。
「力とは、善に振るわば英雄に、悪に振るわば凶人となる。全ては当人の意思により決定づけられるもの。それが大きくなればなるほど、背負う責も大きくなるだろう。誤って使えば己を滅ぼし、友を殺し、家族すら葬る可能性がある。力を持つとはそういうことだ。それでも、お前は力を欲するか?」
ルインの言葉が、心に重くのしかかる。彼女の語る力の概念に、一欠片の疑問もない。なぜなら、力の使い方一つであらゆる人間の運命が変わることを、歴史が証明しているからだ。
しかし、それを理解した上でも、僕の答えは変わらなかった。
「力は恐ろしい。そんなのはわかっている!だけど、それが無ければ何も成し遂げられないんだ!一方的に奪われ、蹂躙され、地面を這いつくばることしか出来ないッ!」
気づけば、頬に涙が伝っていた。自分の無力さに腸が煮えくり返りそうだった。どれだけ足掻こうと、
だからこそ、僕は渇望していた。何者にも劣らない、力というものに。
「僕は、力を望むよ」
ルインの瞳を真っ直ぐ見据えてそう答えた。すると、ルインは悦に浸ったような笑みを浮かべる。
「地の底を知った人間だからこその答えか.......。いいだろう、私が力を与えてやる」
「え.......?」
「絶望に塗れた旅路の果てに、こうして私の元へとやってきた。となれば、運命とやらがお前を救えと囁いているのやもしれん。ならば、今回はそれに従ってやるさ」
「でも、力って.......。僕はそもそもなんの適性もない
「
ルインはこちらへと詰め寄り、そっと僕の頬に触れる。
「さあ、瞼を閉じろ。そして、心しておけ。その瞳が再び開く時、それはお前の世界が始まる合図となるだろう」
♢
見果てぬ理想。遠き夢。幻の希望。あの頃に抱いていたものは、全て届かなかった。どれだけ修練を積もうとも、どれだけ思考を振り絞ろうとも、無意味に等しかった。
しかし、今となっては違う。その全てに手を伸ばし、つかみ取れる程の力を手に入れた。暗闇を抜け、一条の光が差す。
「あれから一年か.......。準備は良いな?」
「ああ」
蒼に染まるコートを羽織り、洞窟を抜け出した。
「───俺はもう、何も失わない」
次章 歯車は回り始める
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