第9話 勇者 6
翌日。僕達はいつも通りクエストを受注した。しかし、それは通常のクエストとは違っていた。
依頼内容は、
それは非常にまずいことなのだ。なにせ
今回向かっている
魔獣。第二次人魔大戦にて魔族が引き連れていた獣達の総称だ。そのどれもが巨大で禍々しく、特級魔族に相当する力を持っていた。魔獣達は魔族の指示のもと、圧倒的な力を振るいながら人間たちを一方的に蹂躙していく。しかし、時間が経つにつれ魔族の指示も聞かなくなり、己が破壊衝動のままに暴れ狂うようになった。魔族も人間もお構い無しに葬って行くその様は、まさに災厄そのものだった。そんな魔獣達に危機感を抱いた人間たちは、なんとか崖下の森林に誘い込み、そのまま
この
そのパーティーというのが、今回僕達だったというわけだ。と言っても、重要ではあるが難しい仕事ではないため、今回はルイナとメイには買い出しなどを頼み、僕とキースとオリバだけで向かうことになった。
馬車に揺られて、三時間。ようやく、僕達はそこへ辿り着いた。
「ここが、
森林が生い茂る地帯に、ぽっかりとした穴が空いている。その穴は王都よりも大きく、視界に収まらないほどの広さがあった。穴の下はと言うと、鬱蒼とした森林が広がるばかり。そこにある木々の背は異常に高く、大木が軒を連ねている。そして、その森の中には見たことも無い生物達が蠢いていた。見るだけで背筋が凍える。明らかに地上の生物とはかけ離れていた。あれが、魔獣.......。
しかし、怖気づいている場合ではない。簡単で報酬が高い分、このクエストは
「じゃあ、早速始めよう」
「…………ああ」
「………………」
キースとオリバはこちらに背を向け、スタスタと歩いて行ってしまう。今朝からのことだが、キースとオリバの様子がおかしい。気分や体調が悪いのかと思ったが、どうやらそうでは無いようだ。今の二人はなんというか、雰囲気が刺々しい。
僕はそういうこともあるのだろうと割り切って、なるべく言葉を発さずに淡々とクエストに臨む。
この
などと考えていると、キースが不意に立ち止まり、
「?どうしたの?」
「いや、ここ……」
そう言って指さした場所には、深いヒビが入っていた。
「これは、そろそろ壊れそうだね。ちゃんと報告しないと」
おそらくかなり年数が経っているのだろう。劣化により綻びが生じている。範囲は人一人分ほどしかないが、亀裂が複雑に絡み合っているので容易く割れてしまうだろう。
「………なあ、ルシード。ここ、もし割れたらどうなる?」
「え?」
キースは真剣にすぎる表情でそんなことを問いてきた。いつものキースならそんな冗談は笑いながら言っているため、違和感を感じる。そもそも質問の意図も読めない。
しかし、別に答えない理由もなかった。
「そうだね。亀裂もここだけだし、壊れたとしても魔獣のサイズじゃ通れない。だから、王都に報告して
「へえ、そうか」
キースは不気味に口角を上げた。一体何に納得したのだろうか。
キースは次はオリバの方に視線を向け、言の葉を飛ばした。
「おい、オリバ」
「ん?」
「わかるだろ?」
「え、本気なの……?」
「ここしかチャンスはねえ。やれ」
「………わかった」
二人の間で交わされる抽象的な会話に、全くついていけない。
「二人とも、一体何を───」
僕がその言葉を言い切る前に、オリバは何故か大剣を構えた。そして、それを力いっぱいドームに向かって振り下ろす。
「うおおお!」
いつものかけ声と共に放たれた鈍重な一撃は、
「え……?」
意味がわからない。一体彼らは、何をしているんだ。
「どう、して」
「どうしてって、こういう事だよ……!」
キースは僕の胸ぐらを掴むと、そのまま
「なっ……!」
わけもわからないまま、
「キース、どうして……!」
見上げると、キースとオリバの顔が視界に映る。二人の瞳はどこまでも冷えきっていて、ドス黒い感情が見え隠れしている。
「お前が、邪魔だったんだよ」
「え……?」
「
キースは僕の手を強く踏みにじる。鈍い痛みが断続的に到来し、腕の力が抜けていく。
「
「手を、出す……?」
「あの日言ったよな、俺はメイに、オリバはルイナに惚れてるってな。それを知った上でてめぇはあいつらを
「そんな、僕は何もしてない……!」
「うるせぇよ。
キースの激昴は止まらず、話しなんて通じない。元より相手が対話の意志を全く持っていないのだ。
ならばと思い、一縷の望みにかけてもう一人の方へと視線を向けた。
「オリバ……!」
優しく、穏やかな彼ならば、きっとわかってもらえる。
そう思い声をかけたのだが、オリバの表情は変わらない。まるで、こちらの声など聞こえていないかのように。
「………ルイナちゃんは、僕のものだ」
「オリ、バ……?」
「僕の、僕だけの天使だ。僕だけの彼女なんだ。誰にも、誰にも渡さない……!」
瞳の焦点は合わず、上擦った声でそう叫んでいた。オリバのどこにも、正気というものが見当たらなかった。
「ああ、オリバ!俺も同じ気持ちだ!こいつは俺達から女を奪った……!これはその報いだ。精々魔獣の餌にでもなってやがれぇ!!!」
キースはそのまま僕の手を蹴り飛ばした。僕の言葉も、希望も、意思も。全て彼らの一方的な悪意によって、押しつぶされてしまった。
宙に投げ出された僕は、重力に引かれるまま
落下の途中、キースの笑声だけが、絶えず響き渡っていた────。
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