第8話 勇者 5

 ゴブリンロードに快勝した僕達は、キース名義で借りている借家へと向かった。ここにパーティーのメンバーは家賃を払いあって全員で住んでいるらしい。そこまで大きくはないが、複数人が寝泊まりをする分には問題ない。

 泊まる場所のことを考えていなかったことに気づいた僕はそれをみんなに伝えると、ここに住めばいいと言ってくれた。その言葉に甘えて、部屋に限りなく少ない私物を置くと、そのまま祝勝パーティーが始まった。

 みんなはしゃぎながら少し豪華な料理を囲む。互いを労い、褒め合い、じゃれ合いながらめいっぱい大勝の余韻に浸っていた。

 僕の村はそもそも人口が少なかったため、同世代の人間と言えばリアナぐらいしかいなかった。なので、こんな人数の同世代の人と過ごすことなどなかった。新鮮な気分。決して不快じゃない。むしろ、とても楽しく感じた。

 しかし、楽しい時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうもの。夜も更けて来た頃、戦闘の疲れも溜まっていたため、解散となった。

 ルイナとメイは女子部屋へと戻り、僕達は男子部屋へと向かった。

 就寝準備のため、狭いスペースを何とかやりくりして三人分の布団を敷く。その後、早々に床に着いた。


「じゃ、おやすみ〜」


 そのキースの一声以降、僕達の間に会話は無くなる。眠りにつこうと瞼を閉じて、規則的な呼吸を繰り返す。

 しかし、眠気はやって来なかった。体はいやというほど疲れてるというのに、睡魔はイマイチ襲ってこない。おそらく昼の出来事があまりにも衝撃的だったため、脳がまだ緊張しているのだろう。


「………なあ、起きてるか?」


 それはどうやら僕だけじゃなかったらしい。


「うん」

「起きてるよ〜」

「やっぱ寝れねぇよな」

「昼間は凄かったからね」

「よし、ならなんか話そーぜ!」


 夜とは思えないテンションを発するキース。これはしばらく寝られなそう。


「まあ新入りが入ったっつーことで、そろそろアレやろうぜ」

「アレって?」

「ズバリ、好きな人は誰なんですか談義」

「なにそれ.......」

「たまには男同士で腹割ってそういう話ししよーぜってことだ。じゃあまずは、ルシード!」

「え、僕?」

「おうよ!ルシードは好きな人いるのか?いやそもそも、彼女とかいたりする?」

「いや、彼女はいないよ」

「彼女『は』?」


 キースは暗がりでニヤニヤしながらこちらの出方を伺っている。失言だった、かな。それは二人に言いたくないと言うよりは、自分の中でも答えが決まっていない問いだったからだ。


「好きかどうか、まだわからない。だから、好きな人も恋人もいないってことになるかな」

「ようするに気になっている人はいると。それって、俺らの知ってる人?」


 微妙な質問だ。噂は広がり始めているって感じだったけど、誰もが知っているほどであるのかはわからなかった。


「うーん。たぶん知らない、かな」

「なーんだ、良かった〜」

「よかった?」

「おう。.......実は、俺の気になってる奴は、メイなんだよ」


 口元をもごつかせながら、彼は想いを吐露した。


「へー、キースはああいう子がタイプなんだ」

「ま、まあな.......」


 キースはえへへ、と笑みを漏らしていた。


「でも、何となく気づいてたよ。キース君、メイちゃんのことよく見てたし」

「え、マジ?!」


 先程まで黙っていたオリバの変化球に、思わずキースは体を起こした。


「うん。結構分かりやすかったよ」

「マジか〜.......」


 キースはふらりと布団に倒れこむ。気づかれていないと思っていたらしい。まあ、僕は気づいてなかったけど。


「それで、キースはメイのどんな所が好きなの?」

「あー、なんつーか、めちゃくちゃ優しいし、清楚だし、料理上手いし」


 キースの言葉には、深くうなずける。出会って間もない僕でもわかる人の良さがあるのだ、彼女には。


「うわ〜すげぇ恥ずかしい」

「キース君が言い出したんじゃないか」

「まあ、そうなんだけどよ。てか、オリバはどうなんだ?」

「えー、僕も?」

「当たり前だ。お前が最後だよ」


 オリバはそこで一呼吸置き、そっと告げた。


「僕は、ルイナちゃんかな」

「ええ、そうなのか?!」

「うん.......」


 オリバは羞恥に顔を赤くしている。


「僕って結構弱虫だから、彼女みたいに前向きで強気な性格に憧れてたんだ。けど、彼女への想いが、憧れだけじゃ説明できなくなって.......」


 言いながら、オリバは布団を頭まで被ってしまった。


 こうして友達と恋の話しをするなんて、初めての体験だった。胸がドキドキして、心はほんのり温まる。なんだか、綺麗な時間だった。

 

「素敵な恋だね、二人とも」

「そうだな。お前もその気になってる人、いつか紹介しろよ?」

「うん、絶対紹介するよ」

「よし、そんじゃ、そろそろ寝るか。今日のことは俺たちだけの秘密な!」

「うん」

「了解」


 こうして、今日という日は幕を閉じた。その一日はとても濃く、初体験の連続だった。ハラハラした時もあったけど、圧倒的に楽しい時間の方が多かった。


 いつまでも、このパーティーで戦って行きたいな──────。






♢





 ルシードが加入して、一週間が経過した。


 正直、俺はあいつのことを舐めていた。それは単純な話し、あいつが無能力ヴォイドだからだ。最初に出会った時だって、パーティーに加えようなんて思っていなかった。けど、妙にルイナとメイが積極的にスカウトしてたから、仲間に入れたに過ぎない。まあ、それもいいかなとは思ったけどな。何せ俺が勇者になったのは、名誉のため。いや、女に好かれるためだ。勇敢に活躍して、みんなのことを引っ張るリーダーになれば、モテると思っていた。だから、俺があいつに寄り添ったり庇ったりすることで優しさと強さをアピールできる。要は、引き立て役にでもなってもらおうと思っていたわけだ。

 ───けど、実際は真逆だった。あいつは確かに魔術を使えない。けど、その分豊富な知識と卓越した思考力でパーティーに貢献していった。ちょっと強いくらいの参謀がなんなんだ、と思っていたが、ルイナとメイは尊敬の念を示し、常々褒めたたえていた。まあわかる。あいつのおかげで勝利出来た戦いは多々あったからな。けど、そんなもんは俺には必要ない。戦果もランクも、そこまで欲しているものでは無い。俺は好かれればなんだってよかったんだ。しかし、その役割は奪われた。

 仲間を庇う優しさも、みんなを引っ張るリーダー性も、頼りになる強さも、あいつは全てを持っていた。何が無能力ヴォイドだ。笑わせるな。

 こんなはずじゃなかった。こんな現状を望んでなどいなかった。段々と、心が黒に染まっていくのがわかる。

 あいつが邪魔だ。あいつさえいなければ、俺はかっこよくいられたんだ。

 けど、嫌悪による解雇なんてできっこない。メイとルイナが強く反対するだろう。それだけは耐えられない。惚れた女に批判されることほど、辛いものはない。ならば、俺は俺なりに無理矢理にでも活躍して、メイの心を射止めてやる。絶対に誰にも渡さねぇ。

 この想いはきっと、俺だけのものでは無い。オリバも抱いていることだろう。あいつは大らかで穏やかなやつだが、意外に強情で欲深い。

 今度、オリバとどうするべきか話し合おう──。


 そんな思いを巡らしていた日の夜。ルシードは鍛錬をするとかで外に出ている。俺とオリバは部屋で二人、他愛ない話しに花を咲かせていた。


「なあ、喋ってたら喉渇いてこないか?」

「そうだね。下に降りようか」


 そう言って、俺達は下の階へと降りようとする。しかし、その途中。女子部屋が妙に騒がしいことに気がついた。それはオリバも同じようで、固唾を飲みながらこちらを見やる。俺はしばし逡巡するが、やがて一つ頷き、女子部屋の方へそろりと向かった。

 その扉の前に立つと、一層鮮明に声が聞こえる。いけないことだ。これは信用問題に関わる。それでも今の俺達は、耳を傾けることに躊躇がなかった。


「ねー、いいでしょ。そろそろ女子らしく恋バナでもしようよ」

「い、いえ。私はそういうのには、興味ないので」

「えー、ホントに?」

「はい……」

「本当は?」

「………………」


 そこで沈黙が流れたかと思えば、ルイナの高い声が唐突に響く。


「なーんだ、興味あるんじゃん!まあメイちゃんも乙女だもんね〜」


 おそらくメイが無言で頷いたのだろう。


「で?で?実際、誰に恋してるの?」

「これが恋かどうかは、わかりませんけど」

「うんうん」

「…………ルシードさんのことが、気になっています」


 え…………?

 思考が鈍る。焦点は合わず、動悸が激しくなる。


「あー、やっぱりそうなんだ」

「え、やっぱりとは?」

「メイって基本的に人見知りじゃん?なのに、最初にルシードと出会った時は何とか話そうと頑張ってたよね。それどころか、自分からパーティーに誘おうとなんかもしちゃったりして。それっていわゆる、一目惚れってやつだよね?」

「え、えっと………。そういうことになるんでしょうか」


 やめろ……。やめろやめろ!


「そのあともルシードにベッタリだったし、割りとわかりやすかったよ」

「そんな……。私の気持ちなんて誰にもバレてないと思っていたんですが」

「あはは、まあ私ぐらいしか気づいてないから大丈夫だって。バラしたりしないよ」

「…………そういうルイナさんは、誰が好きなんですか?」

「え?わ、私?!」

「そうですよ!私だけ知られてるなんてずるいです!」

「えー、そ、それは〜ちょっと言いづらいというか」

「なんでですか!」

「いや、あのね。実はさ、私も、その……」

「え、もしかしてルイナさんも……?」

「う、うん。まあね」

「………そう、だったんですか。全然気づきませんでした」

「表には出さないようにしてたからね」

「でも意外です。ルシードさんとルイナさんはタイプが違うように見えたので」

「確かにそうだけど、好きになっちゃったらタイプどうこうは関係ないじゃない?」

「なら、ルイナさんはルシードさんのどんなところが好きになったんですか?」

「そうね……。無能力ヴォイドっていうハンデを背負っているにも関わらず、めげないし挫けない。それどころか、自分のできることに一生懸命で、必死なところかな」

「ああ、わかります。なんだか、引っ張っていってもらいたいというより、支えてあげたくなるというか」

「そうそう!なんか母性を刺激される感じなのよね。そのくせ戦いでは常に冷静なところとか、普通にかっこいいなぁって思っちゃうんだよ」

「すごくわかりますそれ!」


 心に影が落ち、気がつけば唇を強く噛んでいた。


「じゃあ、私達は仲間でありながら恋敵にもなっちゃったのか〜」

「そういうことになりますね……」

「私、負けないから」

「ええ。私も、絶対に譲りません」


 ───ああ、これはもう、ダメだ。生ぬるいこと言って、悠長に構えている場合じゃなかった。無能力ヴォイドごときに、好き放題させるべきじゃなかった。あんな魔術も使えない雑魚は、早々に切っておけば良かった。

 そうだ。無能力ヴォイドの分際で粋がるあいつは、最初からいらなかったんだ。

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