第5話 勇者 2
ガーベラさんはやることがあるからと言って、どこかへ去っていった。
僕はと言うと、晴れて勇者になったのでミナさんから具体的な説明を受けていた。
「勇者の仕事には、規則などはございません。クエストを受注したい時に受注して頂ければ結構です。ではそのクエストの受注の仕方はというと、基本的にはそこの掲示板に張り出されているクエストから受けたいクエストを選び、私達受付の元へ持ってきて貰えば受注することが出来ます。他にも、契約を結んで頂ければこのギルドへわざわざ足を運ばなくても伝書梟を通して受注、報酬の受け取りなどが出来ます。ですが、ここでクエストについて一つ注意事項があります。クエストにはランク制限や時間制限が設けられているものも多々あるため、しっかりとクエスト受注条件をご確認頂くようお願いします。ここまでで、何かご質問は?」
「いえ、大丈夫です」
事前にある程度知識を入れといたため、すんなりと内容がはいってきた。
「そうですか。では、説明を続けさせていただきます。この勇者という職業ですが、ランクというものが存在します。これは強さの指標であり、人類への貢献度を表しています。高ければ高いほど受けられるクエストは多くなり、アクセスできる情報権限も高くなっていきます。また、高ランカーになれば国からの直接の援助を受けられる場合もあります。他にも政治への加入や王都閣議への出席資格が与えられます」
「ランク、か………。そのランクって、どうすれば上げることが出来ますか?」
「一番基本となるのが、コツコツとクエストをこなしていくことですね。その難易度や戦績をこちらで独自に数値化し、そのポイント総量に応じたランクを授けます。他にもクエスト外の魔族の討伐や、未開拓地の現地調査などでもランクというものは上がっていきます」
ミナさんはそこで一呼吸置いた。
「これで、勇者についての説明は終了です。何か不明な点や疑問に思うことがあれば、いつでも私を訪ねてください」
「はい、わかりました」
「………ルシードさん」
「なんですか?」
彼女は何か言いたげだったが、それを飲み込み、丁寧なお辞儀をした。
「お気をつけて」
「……ありがとうございます、ミナさん」
そうして、僕はミナさんに見送られながら、受付を離れていった。これで、ようやくスタートラインに立てた。ここから僕は始めるんだ。彼女を取り戻す、物語を───。
僕は手始めにクエスト掲示板へと向かってみた。しかし、その道中、
「おい、あいつのリング見てみろよ」
「は?うわ、光ってねーぞ。あれってまさか、
「あんなのが勇者になっても死ぬだけだろうに」
「それ以前に魔術使えないなんて自殺もんだろ」
「家でせこせこ畑仕事でもしてりゃーいいものを」
「まあ、すぐに音を上げてやめていくさ」
僕のリングを目に映した何人かが、そんなことを口走っていた。
受付の人や、周囲の声を聞くことで改めて自覚できる。
生きることだけであればそれほどの重荷にはならない。しかし、何かに挑戦したい時、何かを成し遂げたい時、決定的に力が及ばなくなる。
それでも、決意は変わらない。そんなことで挫けていられるほど、時は待ってくれないのだから。
と思っていると、別方面からは何やら噂が流れてくる。
「そういやぁ最近、とんでもない勇者が『
「
「ああ。なんでも、田舎町からスカウトしてきたみたいでな。それがめっぽう強くて話題になってんだ。ランクも勇者になってすぐに
「はぁ?そんな化け物みたいなやつがいるのか」
「おまけに、世界で五人といない美女らしいぜ?」
「ほう、俄然興味が湧いた!ぜひその顔を拝んでみたいもんだぜ」
「だろぉ?」
「けど、
「さあ?その女もかなり性格が悪いってことじゃねぇか?」
………おそらく、僕の幼馴染みについてであろうことは、予想出来た。
リアナはやはりアイツらのパーティーの元で勇者をしているらしい。無事なことに少しだけホッとしたが、やはり懸念は拭えない。彼女が好きでアイツらと一緒にいるとは思えない。未だ脅されているのだろう。
そう思うと、気が急いてしょうがない。僕はすぐにクエスト掲示板へと向き合う。今すぐにリアナの元へ向かっても無駄だ。また返り討ちにされて終わりだろう。
だから、僕はこの王都で実力をつけることに決めた。ここでランクを上げて、色んな戦闘経験を詰んで、奴らの手から彼女を取り戻す。それこそが、僕の目標だ。
しかし、自分の今の実力では一気にランクを上げるのも難しい。とりあえずは手頃なクエストをこなすのがいいだろう。
そう思いながら、僕はクエストを見回す。種類としては、魔族の討伐が主流で、他には採集、探索、護衛、運搬など、多種多様なものがあった。
クエストの概要には依頼内容、注意事項、報酬内容。ものによっては受注期限、人数指定、ランク制限などが設けられているものもある。
これは結構迷うな。と思いながらも、すぐに手頃そうなクエストを見つけられた。
討伐クエストで、ターゲットはゴブリン。場所は王都の周囲にあるパウロブ平原。制限などは特になく、ゴブリンの討伐数に応じた報酬が与えられるそうだ。
ゴブリンなら村の狩りでもよく出くわしていたし、相手をするのに苦労はしないだろう。
(これにしよう)
「これにしよう」
僕がクエストに手を伸ばすと、不意に手が重なった。
「「え?」」
視線がぶつかる。僕と同じクエストに手を伸ばしたその人は、女性だった。紺色のローブに身を包み、紫色の髪をした少女。
「えっ、と……」
彼女は戸惑いながら、気まずそうに視線を逸らす。そして、すうっと手を徐々に下げていった。それを見て、僕はすぐにクエストを手に取り、彼女に差し出した。
「すいません、どうぞ」
「え……?」
「僕は別のを探すので」
彼女が不意にこちらに譲ろうとしたのを見て、胸が痛んだ。
もっと図々しくなければおそらくこの世界でやっていけないのだろう。それでも、誰かが不幸になる様は、見たくなかった。
僕は彼女に軽く会釈をして、背を向ける。すると───。
「あ、あの!」
先程の少女の声が響き、背後へ振り返る。
「他に、何か?」
「あ、え、えっと……」
彼女は頬をほんのり染めて、口をモゴモゴとさせている。何かを伝えようとしてくれているようだ。
僕は急かすことなく、続きの言葉を待った。
「よ、良ければ、私たちと───」
「おーい、なにしてんだ、メイ」
彼女が何とか言葉を紡ごうとした瞬間、横から声が差し込まれる。そちらへ視線を向けると、三人の男女がいた。
声をかけたのは、茶色い髪に剣を携える少年。その後ろには、軽装で弓矢を背負う黒髪の少女。そしてその横には、一回りほど大きな体を持ちながらも穏やかな印象を受ける、大剣を持つ少年。
その三人はメイの元へとぞろぞろやってくる。
「どうしたの?もしかして、何か揉め事?」
「え、そうなのか、メイ!」
「いえ、この人が───」
「この男が何か……!」
なぜか黒髪の少女にギロりと睨まれてしまった。
「うちのメイに手を出そうとは、いい度胸だな……!」
茶髪の少年は剣の柄を握り、既に臨戦態勢を取っていた。
「いや、誤解だって!」
「犯人はみんなそう言うのよ!」
「覚悟出来てるんだろうな!」
僕が弁論を図ろうとしても、突っぱねられてしまった。なんでこんなことに………。ていうか血の気が多すぎるよ、この人たち。
一触即発の空気。二人の刺すような視線にこちらは身動きが取れない。
そうして互いが硬直していると、「だ、か、ら!」と言いながら僕と二人の間にローブの少女が入ってくれた。
「違います!むしろこの人はすごくいい人なんです!」
奥手そうな彼女は必死に言葉を紡いでくれた。その後、彼女から事情が話されると、二人の殺意が露と消え去っていった。
「なーんだ、そういうことだったのか」
「私達の早とちりだったみたいね」
そう言って茶髪の少年は握手を求めてきた。
「俺の名前はキース。
「いや、こちらこそ。僕の名前はルシード・アルティシア。同じく勇者をしてるよ」
僕は彼の手を握った。
「ほんとにごめんね〜。私ちょっと喧嘩っ早くて」
「とか言ってんのがルイナ。物静かなのがメイで、そこの大きい奴がオリバだ」
「うん、よろしく。ところで、
「俺達のパーティー名だよ。ん?もしかして、ソロなのか?」
「そうだよ。というか、勇者になったのもついさっきのことなんだ」
そう告げると、ルイナさんが思わぬ提案をしてきた。
「あ、じゃあさ!私達のパーティーに入らない?」
「え……?」
唐突にそんなことを言われたため、半ば呆然としてしまう。
「メイもそのつもりだったんでしょ?」
「う、うん」
彼女は慎ましげに一つ頷いた。
「で、でも……」
「大丈夫!私達もつい一週間前に勇者になったばかりだし。これも何かの縁ってことで」
「………そうじゃ、ないんだ」
僕の言葉に首を傾げる彼らに、リングを見せた。すると、みんなは目を丸くした。
「え、それって……」
「そう。僕は
彼らの提案は正直嬉しかったし、ランクを上げるためにも魅力的な話しだった。しかし、こんな笑われ者の自分を仲間にするメリットはない。
僕はやんわりと誘いを断ろうとした。
「………そんなの、気にしませんよ?」
「え?」
しかし、メイさんからは予想外な返答が返ってきた。
「
「い、いや、そんなことはないよ。凄く魅力的な提案だと思う」
「なら、問題ないんじゃない?
「ああ、気にすんなよ」
「仲間が増えるのは嬉しいことだしね」
暖かい言葉を送られ、思わず胸が熱くなる。そうか、こういう人達もいるんだな。ここまで言われて断るのは、逆に失礼に値するだろう。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「ほんと?!やったね、メイ!」
「は、はい……!」
「そんじゃ、決まりだな」
「これからよろしくね、ルシード君」
「うん……!」
こうして僕は、思わぬ縁に恵まれ、パーティーに所属することになった。
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