第4話 勇者 1

 ───あれから、3ヶ月の時が過ぎた。


「本当に、行っちゃうの?」


 母は心配そうに声をかけてくれた。


「うん。僕は、王都に行くよ」


 この数ヶ月。僕は村の修復の他に、この世界についてのあらゆる知識を取り入れたり、刀の修練に身を費やしてきた。

 全ては、一つの目標のため。そのためには、ここに留まっている訳にはいかなかった。ほとんど村が元通りになった今、一歩前進するいい機会だった。


「ルシ、本気なんだな?」

「本気だよ。立ち止まってなんていられないから」

「でも、ルー君までどこかへ行っちゃったら、私………」


 母は瞳に涙を浮かべ、今にでも頬を伝ってしまいそうだった。

 そんな母に、僕はできるだけ強く、優しい声音で言葉を告げる。


「大丈夫。絶対に帰ってくるよ。リアナと一緒にね」

「ルー君……」

「ルシに全てを背負わせることになるなんて、親として本当に情けない」


 父も母も僕と同じように、いやそれ以上に、あの時のことを悔やんでいる。忘却することなどできるはずもなく、割り切ることだってできるわけがなかった。今でもずっと、心には大きな穴が空いたまま。

 だからこそ、僕が行くべきだと思った。


「いいんだよ。父さんと母さんには、ここで待っていて欲しいんだ。僕達の居場所も、故郷も、全部ここにあるんだから」

「ルシ……」


 僕は荷物を背負い直し、二人に深々と頭を下げた。


「今まで、育ててくれてありがとう。絶対にまた、いつもの家族を取り戻すから」


 そう言って、僕は踵を返そうとした。しかし、そこで「ルシ!」と父親に呼び止められ、何かを投げて渡された。

 僕は慌てながらもそれを受け止める。


「これは、刀……?」

「ああ。名は、常夜刀・狭間。この世に二つと無い名刀だ。持っていけ」

「そんな、これって家宝なんじゃ……!」

「家のものを家族が持って行って何が悪いんだ?」

「父さん……。ありがとう」


 僕は今度こそ踵を返し、村を後にした。村長や村の人々に、暖かく見守られながら───。








♢







 山を超え、谷を渡り、川を下る。長くも険しい道をひたすらに進む。便利な移動魔術など使えないため、基本的には徒歩で向かった。しかし、途中で馬車を引いている商人の人に乗せてもらったりもした。


 そうして村から出て、一週間ほど過ぎた頃。ようやく、その姿を瞳に映すことが出来た。

 王都フィルレイト。人類の繁栄と発展の象徴。荘厳で巨大な王城を中央に構え、その周囲に大規模な城下町が展開している。敷地も人口も流通も何もかもが人間界一。全ては王都に集約され、王都から排出されるとすら言われている。

 王都はおろかアロンド以外の街や村を知らない僕にとっては、全てが未知だった。期待と不安と緊張が入り交じり、自然と進む足が速くなる。


 そして、ようやくの思いで城壁の前まで辿り着いた。遠くからだとあまりよくわからなかったが、王の都と言うだけあって城壁は見上げるほど大きなものだった。

 僕は四つある門の内の東門に向かった。そこには門番の騎士が二人ほど立っていたが、プレジカードを見せると二つ返事で中へと通してくれた。


「うわぁ………」


 街の中に足を踏み入れた途端、活気という名の豪風に気圧されてしまいそうだった。

 多くの店が建ち並び、個性溢れる看板や店名のロゴが見受けられる。目まぐるしいほどの数がある家も、どれもこれも村の家より一回り程大きかった。四方八方に伸びた道は、馬車が何台もすれ違えるほどに広くなっている。

 一つ一つの数もサイズも桁違いで、身が縮こまってしまう。

 しかし、それよりもさらに圧倒されてしまう要因があった。それは、王都の人々だった。

 年齢層は老若男女問わずおり、服装も紳士服や割烹着、鎧からドレスまでとにかく個性が強かった。はしゃぎ回る荒くれ集団もいれば、慎ましやかに道を闊歩する貴族もいる。店を経営するものは必死に呼び込みや商品の魅力を伝えているし、多くの子供を連れている親は子供を何とかなだめながら買い物をしている。無数の人々と、多数の馬車がこの街を行き交っている。

 千差万別。十人十色。この街は職業、年齢、出身問わずあらゆる人間が住んでいる。


「これが、王都……」


 村とはあまりにも非なる光景に、思わず息を呑む。しかし、いつまでも呆気に取られている場合じゃない。

 僕は歩みを進め、とある場所へと向かった───。


 人酔いしそうになりながらも人並みを掻き分け、何とかそこへ辿り着く。


『ギルド・ガーベラ』


 一際大きく、異彩を放つ建物。僕は一呼吸置き、その扉を開いた。

 すると、様々な料理や酒の匂いが嗅覚を強く刺激する。人々の笑い声や無駄にでかい話し声が飛び交い、大いに賑わっている。

 彩色の鎧を着込んでいたり、獣の皮を身につけていたりと、いかにも勇者、というか傭兵らしき人物が多い。しかし、スマートで斜に構えているものもいれば、気が小さそうな女の子もいた。ここもここで外とは違った個性の溜まり場だった。

 内装は大半が食事処となっており、店員と思わしき人が色んな勇者の元をあちこち行き交っている。それとは別に、ちゃんとギルドらしいクエスト掲示板、そして受付と思しき場所もしっかりとあった。

 僕はその受付へと真っ先に向かい、そこにいた女性に声をかける。


「すいません」

「ギルド・ガーベラへようこそ。今日はどういったご要件で?」

「ギルドに所属したいのですが……」

「はい、新規加入のご希望ですね。プレジカードはお持ちでしょうか?」

「あ、はい」


 僕は懐にしまっていたプレジカードを取り出し、受付の人に渡した。


「では、確認させていただきますね」


 そう言って、彼女はカードに一通り目を通していく。しかし、その途中で眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。

 おそらく、あの項目を見たのだろう。


「………すみません、不躾な質問になってしまうのですが、この表記にお間違えはないでしょうか?」


 そう言って彼女が指を指したのは、魔術適性の欄だった。


「……はい、大丈夫です」

「そう、ですか」


 あからさまに女性の顔が曇る。その表情を見ると、自然と頬に汗が伝った。まさか、無能力ヴォイドだと勇者になれない、とか……?

 二人の間に数秒の沈黙が流れた。しかし、


「どうしたんだい、ミナ?」


 一人の女性の声がそれを破った。年は僕より少し上だろうか。橙色の髪に、奇抜なファッション。見た目は色物だが、漂う雰囲気にはどこか厳格なものを感じる。


「いえ、その、こちらの方がギルド加入希望者の方で……」

「ん?それの何が問題な───」


 言葉の最中、彼女は僕のリングを見やる。未だ光ることの無いそれは、無能力ヴォイドである何よりの証明だった。


「…………へえ、珍しいね。あんた」


 彼女は特に侮蔑するでもなく、ふむふむと頷くだけだった。


「あの、これでは勇者になれませんか……?」


 恐る恐る僕は彼女に尋ねた。すると、「ぷっ、あっはっはっは!」と豪快な笑い声を上げた。


「勇者に必要なのはそのプレジカードと誓約書の記入だけだ。なんの心配もいらないよ」

「ですがマスター……!」

「私が許可するよ。あんた、名前は?」

「………ルシード・アルティシアです」


 僕は堂々と、自身の名を告げる。すると、マスターと呼ばれた女性は瞳を細めた。


「いい目をしてるね。勇者になろうっつーバカはいくらでも歓迎するよ!」

「あ、ありがとうございます……!」

「礼なんていらないさ。出自も経歴も問わずに、実力だけで決まるのが勇者だからね。っと、そう言えば名乗るのを忘れてた。私はガーベラ・バレンシア。このギルドのマスターをしている。困ったことがあれば何でも聞きな!」

「はい!」

「ほら、ミナ。ルシードに誓約書渡してやんな」

「………わかりました」


 ミナと呼ばれた人は、渋々ながらも裏から誓約書を取り出す。


「悪く思わないでやんな。ミナはあんたが嫌いだからとか、あんたに適性が無いからとかで渋っていたわけじゃない。単に心配してただけなんだ」

「そりゃそうですよ!こんな若いうちに、その、魔術を扱えないという状況で、一人で勇者になろうなんて……」


 元々ミナさんに悪印象なんて抱いていないが、心は自然と暖まる。見ず知らずの僕のことをそんなふうに心配してくれるとは思わなかったからだ。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。僕にはやることがあるので」

「ほら、男がこう言ってるんだ。女が口を挟む事じゃないよ!」

「分かりましたよもう!」


 そうして、僕はミナさんに渡された誓約書に目を通す。

 内容は至極単純。報酬に税がかからない代わりに、なんの手当も出さず、国家が負う責任は一切ないというものだった。

 つまり怪我も病気も、死すらも、全ては自己責任。誰でも簡単に担える代わりに、誰の庇護も保護も存在しない世界。

 知識としては知っていたけど、ホワイトなのかブラックなのか判断しかねる職業だ。

 しかし、何色であろうとも、僕の答えは決まっていた。


 借りたペンをスラスラと走らせ、サインを書き終える。


「はい、確かに受理しました。ルシード・アルティシアさん。あなたのランクは、13564587。総捌勇者エイス・ランカーでの登録です」

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