第3話 無能力 3
翌日。目が覚めると、隣にいたリアナは姿を消していた。おそらく自分の寝室に戻ったのだろう。
僕は体を起こし、時計を確認した。
「え、もう8時?!」
いつもなら一時間前には起きて畑仕事を始めている頃だった。昨夜は心臓がうるさくて中々寝つけなかったため、寝坊してしまったようだ。
しかし、そこには違和感があった。寝過ごしそうになることは極たまにあったが、その時は両親やリアナが必ず起こしに来てくれていた。それが、今回はなかった。
何かあったのだろうか。そう疑問を抱いていると───。
ドォォォォォォン!!!!
凄まじい破壊音と、家を揺らすほどの衝撃が襲ってきた。
「な、何だ……!」
何かの事故か。強力な魔族が襲ってきたのか。何も把握出来ていないが、異常事態なのは確かだった。
僕はすぐにしまってあった刀を持ち、家を飛び出した。
───すると、異様な光景が広がっていた。
「ほらほら、いい加減言う通りにした方がいいよ?」
若紫色のコートを羽織り、金色の剣を持つ金髪男。傍らには、水色のローブに身を包む男と、禍々しい鎌を持った緑髪の男がいた。
誰だ、あの男達は……?そんな疑問を抱いたのも束の間。視界に入ってきた惨状に、言葉を失う。
斜向かいに構えていた家が、二件ほど全壊していた。まるで爆破でもされたかのように粉々に吹き飛んでおり、原型はなかった。
ほとんどの村の人達が表に出ていたが、その内何人かが怪我を負い、その場に倒れ込んでいた。その中に、僕の父親もいた。
一体、何が。
「これ以上被害が出るのが嫌だったら、早く決断した方がいいぜ?」
粘ついた笑顔で金髪男が問いかける。その相手は、剣を握りながら体を震わすリアナだった。
「誰が、あんたらなんかと……!」
「へえ、まだそんな態度取るんだ?」
男は呆れながらそう言うと、剣を一凪した。すると、金色の旋風が現出し、耳をつんざくような轟音と共に家を一件吹き飛ばした。
軽々と振るわれたその力は、あまりにも凄絶だった。先程の破壊音も、この惨状も、全てあの男達が原因のようだ。
そう理解すると、恐怖よりも怒りの方が上回り、気がつけば僕は大きく踏み出していた。
「何を、しているんだよッ!」
男達を
「ルシ……?」
「アァン?誰だ、このガキ」
「お前らこそ、一体何者だ……!」
「何者、か。さっき名乗ったんだが、まあいい。お前のためにもう一度言ってやる。よーく聞いとけよ?」
金髪男は自身の胸を親指で指し、仰々しく声を上げた。
「俺のはクレイス・ベルム!ギルド所属の、
「ギルド……?ってことは、勇者なのか?」
「そうだ。その中でも俺はランク
不敵な笑みを浮かべて、こちらを見やる。確かにそう言われても疑う余地がないほどのオーラがある。何より、先程の風の威力は尋常ではなかった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「その勇者が、こんな田舎の村になんの用だ!なぜ村の人達に怪我をさせて、家を破壊した……!」
「簡単さ。俺達は勧誘に来たんだ」
「勧誘……?」
「そう。リアナ・リーベル。彼女をぜひ俺達のパーティーに加えたいと思ってな」
男はリアナを指さしてそう告げた。そのリアナは、歯噛みした表情で男達を睨んでいる。
「凄まじい美貌と力を持った女戦士がここにいるって聞いて遠路はるばるやってきたってわけ。事実、彼女は俺ほどじゃないけど魔術の才に溢れていたし、噂以上の美しい容姿を持っていた。けどその子、全然俺達の話しを聞き入れてくれなかったんだ。だから、ちょーっとだけ乱暴しちゃっただけさ」
男達は尚もにやにやと気味の悪い笑顔を貼り付けている。
「この村のことを思うなら、素直になった方がいいよ?」
「わた、しは………」
リアナの反抗的な瞳は変わらない。しかし、奴の力と村の無事を願う思いが、彼女の心をグラつかせている。
「ほらほら、もう村の人達が傷つくのは見たくないでしょ?」
「俺達も趣味じゃねーしな」
「逆らうのは時間の無駄だ」
男達はそれぞれの獲物を強調し、ひたすらに言葉を投げてくる。引き下がる様子などまるでない。
武力で全てを押し潰そうとしていた。
「ふざ、けるな……!」
絞り出すような声音は、僕の背後から聞こえてきた。
「お前達のしていることは、勧誘では無い。脅迫だ……!」
「あなた……!」
それは、父だった。母の介抱を受けていた父は、ふらついた足で立ち上がった。
「お前達などに、娘をやるものか……!」
「お父、さん?」
厳然と抗する構えをとる父に、他の村人達も強く賛同する。
「そうだそうだ!」
「お前らみてーな乱暴者にリアナちゃんは渡さねぇ!」
「さっさと帰れ、勇者もどきが!」
村の人達は怒号にも似た批難を浴びせ、決して屈しない姿勢を見せる。その団結は、大きな柱となり、希望となる。やはりこの村は、とても暖かい。
「うん、その通りだ。リアナは、絶対渡さない!」
「ルシ、みんな……」
「────うるせぇよ」
底冷えするような声音が挟まれた。クレイスは剣を天に掲げる。すると、剣を中心に激烈な爆風が起こり、あらゆるものを吹き飛ばしていった。
「うわああああああ!!!」
クレイスの近くにある家は全て風に呑まれ、崩壊していった。村の何人かは軽々と飛ばされ、地面や壁に衝突していく。何とかしゃがんで耐えていても、目さえまともに開けられず、気を抜けば風の波に攫われそうだった。
「くっ、うう………!」
「おっと悪い悪い」
言いながらクレイスは剣を振り下ろし、魔術を止めた。
「ムカついたから、少し本気出しちまった」
クレイスはあっはっはと、高笑いを上げた。
今ので、再確認出来た。やはりこの男は、強い。と言うより、もはや次元が違っていた。加えて後ろの二人からもただならぬオーラを感じる。
まともに戦闘できるものがほとんどいないこの村では、対抗できるはずもなかった。
「俺もそんなに暇じゃないんだ。早く決めてくれ」
「勇者が、こんなことをしていいのか……!勇者って言うのは、人々を守るために魔族と戦う人間のことを言うんじゃないのか……!」
「そうだな〜。まあそれはそうなんだが、基本的に勇者っていうのは騎士団と違って色々緩いんだよ。代わりに、絶対の指標ってもんがある。それが、ランクだ。力があればそれなりの権力も発言力も手に入る。だからここで起こったことはテキトーな理由付けをして済ませられる。なんなら、ここを魔族の住処としてギルドに報告すれば、勇者がこぞって潰しに来る、なんてこともあるかもな?」
クレイスはそう言って、口角を上げた。そんなことになれば、この村は確実に滅んでしまう。
脅迫に脅迫を重ねてくる男達。圧倒的な力と権力により、自身の思うがままに要求を飲ませようとしてきていた。
「さあ、どうする?選択肢は一応二つある。俺達と来るか、村を滅ぼすか。選ぶのは、君だ。リアナ・リーベル?」
問われたリアナは、後ろを振り返る。怪我人だらけで、起き上がることすら出来ないものが多数。家屋は半分ほどが無惨に散らされ、残骸が辺りに吹き飛んでいる。
子供達の泣き声。傷を負った人達の呻き声。身を案ずる人達の叫び声。母の嘆き声。父の嗄れ声。
嗅ぎなれない血の匂いに、見慣れない地獄のような光景。
こんな状況で選択肢など、あるはずもなかった。
「………私は、」
「───させるもんか!」
僕は立ち上がり、鞘から刀を抜いた。こんな形で僕の家族を奪われるのは、納得がいかない。できるはずも、ない。
「リアナ。君の目指す勇者は、あんな奴らとは違うんでしょ?なら、行くべきじゃない!」
「ルシ…………。でも、このままじゃ!」
「僕が、何とかしてみせる!」
僕の言葉を聞くと、男達は嘲り笑った。
「お前が、俺に勝てると思ってんの?」
「余程自信があるのか」
「いんや、そんなことはないぜ。ほら、あいつのリング見てみろよ」
一人の男がそう言うと、他の男も僕のリングに視線を集中させた。
「石が光ってない?おい、あれってまさか……」
「ああ。適性を持たない、
「マジか!あっはははは!初めて見たわそんなの」
「それで尚立ち向かおうって言うのか?泣けるねー」
クレイスはそう言うと、剣を構えた。
「いいぜ、特別に相手してやるよ。
「…………っ!」
僕は挑発的な男に向かって、全速力で駆け出した。
「そらよ!」
「はあ!」
互いの刃がぶつかり、金属が弾けるような音が響く。
力は拮抗し、鍔迫り合いが続く。
「中々やるじゃねぇか……!」
男は力で押し込めようとしてくるが、それを空に向かって受け流し、そのまま剣を弾く。
「ちっ……!」
その後、クレイスの剣舞が縦横無尽に襲いかかってきた。さすがは勇者と言うべきか。一つ一つの斬撃が鮮烈に迫ってくる。
しかし、見切れない程じゃない。慎重に、丁寧に、だが確実に剣を弾いていく。
「くっ、いい加減、鬱陶しいんだよっ!」
そう言って、クレイスは力んで大振りの斬撃を打ち出してくる。
ここだ……!
僕はその一瞬の隙を見逃さず、クレイスの背後へと身を回転させながら回り込む。男の剣は空を斬り、代わりに僕の刀が男の身に迫っていた。
「終わりだ……!」
粘って粘って生み出した、空前の好機。その全てが、この一撃に集約されている。僕は絶対に逃すまいと、力の限りに刀を振り抜いた。
───しかし、その直前。金の旋風が巻き起こった。
「うわあ!!」
凄まじい風圧に逆らうことは出来ず、そのまま後方へ大きく吹き飛ばされた。地面に腹から落ちて強く打ち付ける。同時に、肺の空気が全て押し出された。
「ぐはっ……!」
全身に走る痛みにより、視界が歪む。
「ルシ!!!」
そんな状態でも、僕はリアナの呼ぶ声に反射的に反応し、何とか顔だけ上げる。
「ふぅ〜危なかった」
「あいつ、刀の腕は確かだったな」
「けど、所詮
「そうだな。けど、負かすだけじゃなんか足りねぇ。わざわざ俺に立ち向かってきたんだ。二度と逆らえないように教育してやんねーとな」
クレイスはそう言ってこちらへ歩みを進めてくる。僕はリベンジしようと何とか立ち上がろうとするが、体は言うことを聞かない。打ちどころが悪かったのか、呼吸しているだけでも激痛が走る。
このままだと……!
「───やめて!」
その声と共に、一人の少女が僕の前に立ち塞がり、両手を広げた。
「リ、アナ………?」
「もうこれ以上、みんなを傷つけないでっ!」
「なら、自分がどうするべきか、わかるだろう?」
男の問いに、リアナはしばし沈黙した。その間に、彼女の中でどれほどの葛藤があったのか。想像にかたくない。
その上で、彼女は答えをだした。僕の中で、最も最悪な答えを。
「………あなた達について行けば、みんなは助かるの?」
「リアナ……!」
「もちろん。君さえ手に入れば、ここには用はないからな」
「わかった。なら、そうする」
リアナは一つ頷くと、男の方へと一歩踏み出した。僕は痛みも忘れ、削るような声で彼女を呼ぶ。
「リアナ、行っちゃダメだ……!」
「ルシ………。これが、最善なんだよ」
「違う、そんなことあってたまるもんか!こんな理不尽な形で、家族と別れるなんて!僕は──!」
叫んでいる途中で、喉がむせて咳き込んでしまう。口から流れ出た鮮血が地面を濡らした。
クソっ、クソっ、クソっ!!!
「じゃあ行こうか、リアナちゃん?」
「…………ええ」
「ダメ、だ、リアナ!!」
尚も僕は叫び続けた。この思いを届かせるために。こんな運命を、跳ね除けるために。
ただ必死に、もがき叫んだ。
「リアナ、リアナ………!!!」
「───ルシ」
彼女はこちらに振り返り、眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「今まで、ありがとうね」
その美麗な瞳に、涙を溜めて。
「待っ、て……!!」
リアナはそれ以降、一度も振り返ること無く、男達と共に村を去っていった。
僕に出来ることなんて、何もなかった。ただ、去りゆく幼馴染みの背中を、延々と見ていただけ。
あまりにも、無力だった。
「あ゙ぁ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……!!!」
潰れかけの喉が、慟哭を打ち鳴らす。
本当に、何一つ、彼女を救うためにできることがなかった。
何が
僕は、あんな魔術を使えない。いや、何も使えない。なぜなら、所詮
幾ら刀の技術を磨こうとも、圧倒的な魔術には届かない。それを、思い知らされた。
僕は、自分の一番守りたかったものを守れなかった。全ては、無力で無謀で、無能力だったからだ。
この無念を、後悔を、僕は生涯、忘れることは無いだろう────。
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