閑話.聖王ヴァルス

リアがマナとマリーの母親になるのを決意したその日、「セイリーン聖王国」の聖王城の聖王室で、その部屋の主たる聖王ヴァルスが、自分がしばし留守にしていた間の出来事を聞いて深い溜息をついた。


「やれやれ……あのバカ息子め……マリアナ嬢の役割をあれ程説いてやったというのに……」


ヴァルス聖王はこめかみを抑えながらそう呟いた。ヴァルス聖王は自分が留守にしていた間の、息子のグレン王太子が書いた報告書を読んで再び溜息をつく。


「しかも……少し調べればマリアナ嬢が犯人ではないと分かるというのに……よほど、アレはマリアナ嬢の事が気に食わなかったか……」


ヴァルス聖王の机には、グレン王太子が書いた報告書とは別に、マリアナが犯人ではないと証明出来るような証拠の数々があった。これを突きつければマリアナを無罪とする事が可能だった。しかし……


「最早手遅れだからな……」


マリアナは逃亡の際に「旧魔王城」に逃げたと報告が入っている。何の備えもしていないマリアナがそこに入れば死んだも同然だ。


それに、ヴァルス聖王がマリアナの無罪を公表出来ない理由が2つある。1つは、仮にも自分の息子である王太子が愚行を行なったと周りに喧伝する事になる。そうなれば、グレン王太子だけ切れるならともかく、自分も息子を止められなかったと何らかの処罰を受けなければならない。それだけはなんとしてもヴァルス聖王は避けたかった。


そして、2つ目はエーテルギア公爵家を失うのを恐れたからだ。今回の騒動の1番の犯人はマリアナの妹のアリシアだ。今回、エーテルギアの人間はマリアナだけを上手く切り捨てて事無きを得ているが、今回の一件の真実を公表すれば、エーテルギア家は間違いなく潰れるであろう。エーテルギア家は王家に最も貢献してくれている家の1つである。失わせるのはあまりにも惜しかった。


「我が「セイリーン聖王国」の悲願がもう少しで叶うはずだったんだが……なんとも口惜しい……」


この世界には4つの大陸、北大陸・西大陸・東大陸・南大陸の4つに分かれている。その4つの大陸にはそれぞれ大国が存在しており、ここ「セイリーン聖王国」は西大陸の大国である。

それぞれの大陸の大国は、表向きは盛んに交流を交わしているものの、裏では4大陸1の大国の座を巡って火花を散らしている。特にここ「セイリーン聖王国」はその想いが1番強かった。

故に、大昔に「魔国」の魔王が持っていた武器を狙って「魔国」を攻め滅ぼしたのだ。しかし、結果は「魔国」を撃退出来ても、肝心の武器は手に入らずに終わっている。


「まぁ、そもそも……その武器は高い魔力を持たないと使えぬのだがな……」


ヴァルス聖王は散々聞かされてきたその武器の事を思い出し苦い表情になる。だからこそ、ヴァルス聖王は「セイリーン聖王国」で冒険者適正職業「魔導師」を得て、高い魔力を保有していたマリアナを自分の物とする為にグレン王太子の婚約者にしたのだが、結果はこの有様である。


「やれやれ……あれ程説明してやったのに……一体何が悪いというのやら……」


ヴァルス聖王は気づかない。グレン王太子よりもマリアナばかりに気にかけ、グレン王太子を蔑ろにしていたせいで、グレン王太子がマリアナに嫉妬したせいであり、つまり原因は自分であるという事実に……


「まぁよい……あの異界の聖女とやらもそれなりの魔力はあるようだ。少しは期待を寄せるとしよう……」


ヴァルス聖王は溜息を1つつき、今後の計画の修正について再び頭を働かせるのだった……





この時のヴァルス聖王はまだ知らない。自分や「セイリーン聖王国」がずっと欲していた物が、死んだと思われていたマリアナが所持しているという事実を…………

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