第97話



「んだよ。Fランクかよ。しかも依頼は一度もこなしてないとかなんのために冒険者やってんだよマジで。早急に片付けてほしい依頼があるってのにマジで使えねぇわ。雑魚のくせに調子乗って他国まで冒険なんかしてんじゃねぇよマジで。」


冒険者ギルドに着いて、地図を買おうとしたらギルドカードが必要だといわれたから、カードを水晶にかざしたらいきなりこんなことをいわれた。


右手をアリア、左手をセリナに掴まれてなければ反射で殴ってただろうな。


この2人は予知能力でも持ってるのか?

ギルドのやつが俺のカードの情報を見て顔色を変えた時には既に俺の手を掴んでいたからな。


ってかなんでこいつにこんなこといわれなきゃなんねぇの?


「リキ様は今まで一度も依頼を受けたことがないのですか?」


サラが意外そうな顔で俺を見てきた。


「そういや一度も冒険者ギルドを通した依頼は受けたことがないな。」


そもそも依頼自体が第三王女からのしか受けてないけどな。


「強がんなってマジで。Fランクが冒険者ギルドを通さずに依頼なんかされるわけねぇんだから、素直に怖くてクエストなんて受けれませんっていえやマジで。」


「これは間違いなく喧嘩を売られてんだよな?なのに俺の手を離さないアリアとセリナは俺の敵か?」


このまま力ずくで振りほどくことも殴りかかることも可能だが、出来れば仲間は失いたくないから最後の確認を取った。


「…リキ様。こんなランクでしか人を判断できないような目も頭も悪い生き物の言葉なんて気にする必要はありません。それに冒険者ギルドを敵に回すのは国を敵に回すよりも厄介です。」


「んだとクソガキ!」


ギルドのやつが受付カウンターから身を乗り出し、アリアの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


こいつはダメだ。


空いた左手でギルドの…左手?


「アリアを放せ。」


俺が殴りかかるよりも早く、セリナがカウンターの上に上がり、男を膝で押さえて黒龍の双剣を首に添えていた。

セリナのこんな低い声は初めて聞いたな。


男は一瞬何が起こったかがわからず目が点になっていたが、状況を理解してすぐにアリアを離した。


急に離されて膝をついたアリアが立ち上がったのを確認してから、セリナは俺の隣に戻ってきた。


「なるほど。優秀な奴隷を金で買って冒険者デビューをする気なんだな。男のくせに情けないなマジで。しかも躾もちゃんとできてねぇしな。そりゃ雑魚だから奴隷すらいうこと聞いてはくれねぇか。ウケるわマジで。ってか俺に奴隷がこんなことした罰としてお前は冒険者ギルドから脱退させてやる。」


左手で男の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「そうか。じゃあ脱退させられる前にお前を殺してなかったことにしよう。」


右手で腰の短剣を引き抜いて男に刺そうと思ったら、セリナがギルドのやつをカウンターから引きずり出した。


そのおかげで俺の体の向きが変わり、掲示板前のフリースペースにいた冒険者が矢を放ってきたのが視界に入った。

だからそのままギルドのやつを盾にした。

矢が刺さった瞬間にギルドのやつを横にズラして、もし貫通しても俺に当たらないようにしたのだが、杞憂だったようだ。


「痛えよマジで。」


「やったのは俺じゃねぇけど、どうせ死ぬんだからいいじゃねぇか。」


「お前、こんなことしてマジでどうなるか分かってるのか?」


「どうなるんだろうな?冒険者全員が敵になるのか?それとも世界が敵になるのか?残念だが、お前1人の命じゃそんな大それたことにはならねぇと思うぞ。せいぜい俺の身分証がなくなるだけだ。ならお前を殺そうが殺すまいが結果が変わらないのだから、俺に喧嘩を売ってアリアに手を出したお前は殺しとくべきだろう。」


バレたらギルドを敵に回す結果になりそうだが、こいつを消せばバレることもなく万事解決だろう。


ふと周りを見ると、無駄に話が長引いたせいで、なんか囲まれてるな。


セリナはサラを護れる位置に移動している。的確な判断だな。


「ケイトを放せ!」


ケイトってのはこの男か?

こいつだけ消せば問題ないと思ったが、こうなったら証拠隠滅のために全員消さなきゃならないから面倒だな。


「…みなさん勘違いをしています。わたしたちはただいい合いをしていただけです。確かに胸ぐらを掴んだのはやりすぎだったかもしれませんが、だったらどさくさに紛れてケイトさんに向けて矢を放ったあの人の方が問題あると思うのですが違いますか?」


アリアが矢を放った男を指差した。


全員が矢を放った男を見ている間にアリアがケイトの耳元で何かを囁いたら、ケイトは赤べこのようにコクコクと何度も頷いていた。


「…リキ様。その短剣を使ってこの男に刺さっている矢を切ってください。お願いします。」


アリアが耳打ちしてきた。


「違う!俺はその男が職員を短剣で刺そうとしてたから、その男を狙って射ったんだ!」


全員がまた俺を見たが、俺はアリアにいわれた通り矢を切った。

そしてアリアが男から矢を引き抜いた。


『ヒーリング』


男の傷が塞がり、出血が止まった。


「…リキ様は刺さった矢を切るために短剣を抜いただけです。いいがかりはやめてください。そもそもFランクのわたしたちに飛んできた矢をどうこう出来る実力があるわけないじゃないですか。」


「な!?」


「…そうですよね?ケイトさん?」


「はい。その通りです。私が怒らせるようなことをいったにもかかわらず、助けてくださりありがとうございます。そして、数々の暴言、誠に申し訳ありませんでした。」


ケイトが俺の足元で土下座をしてきたから、とりあえず頭を踏んだ。

というか口調が変わりすぎだろ。アリアは何をいったんだ?


「俺はべつに地図が買いたいだけだ。面倒なのは嫌いだから早く地図をくれ。」


せっかくアリアが俺のために即興で用意してくれたシナリオを邪魔するのは悪いだろう。


多少腑に落ちない部分もあるが、アリアに免じて許してやるとするか。


俺が足をどけるとケイトはすぐにカウンターの裏に回って地図を持ってきた。


「いくらだ?」


「これは謝罪の意味も込めて差し上げます。…マジですいませんでした!」


カウンターに頭を打ち付けるんじゃないかというくらい深く頭を下げてきた。


アリアがどんなことをケイトにいったのかは知らないが、タダでもらえるならもらっとくか。


地図を手にした俺は職員たちに取り押さえられてる冒険者を横目にし、冒険者ギルドを出た。






この村の宿屋は1階が酒屋になっていて、2階と3階が部屋になっているみたいだ。


部屋を2部屋借りてから、1階の酒屋で飯を済ませることにした。


全員が座れそうな大きなテーブルが店の隅にあったから、そこの席にてきとうに座る。アリアたちは暗黙の了解で座る位置が決まっているのか、もめることもなく全員が席に着いた。


「なんなんだこの国は?まだ国境を越えて半日も経ってないってのになんで不快なことばかり起きるんだ?なんで俺がこんなにイライラさせられなきゃならねぇんだ?」


セリナ、カレン、サラがビクッと肩を強張らせた。


こんなのただの八つ当たりでしかないのはわかっているが、イライラしすぎていわずにはいられない。

いつもならその場でストレス発散してとりあえずは落ち着けるが、今回は邪魔されたからかイライラが全くおさまらねぇ。


「…ごめんなさい。ガンザーラが宗教国家であり、魔法を使えない者だけでなく、弱い者も迫害する国であることはわかっていましたが、実力も見ずにランクだけで決めつけられるとは思っていませんでした。それにいくらガンザーラの支部だからといって、ギルドに所属している者が宗教的価値観を前面に出してくるとは思いませんでした。わたしの考えが足りず、不快な思いをさせてしまい、ごめんなさい。」


「いや、べつにアリアを責めてるわけではねぇんだが、イライラしすぎて我慢が出来ねぇだけだ。すまん。」


これは森に入って魔物狩りでもしてきた方がいいか?でもゴブリンしかいないんじゃストレス発散にもなるか怪しいな。


「それにしても宗教国家ってのは強けりゃ盗賊も野放しなのか?」


だとしたらこの国は腐ってやがる。


「…盗賊に関してはこの国だけでなく、アラフミナにもいます。私たちの村を作る予定地の山は魔物が強すぎて盗賊が住めなかったというだけで、他の山や森には存在します。わたしたちがイーラでの移動をしていたために会わなかっただけだと思います。」


あぁ、そういうことか。


「国は対処しないのか?」


「…潰しても潰しても何故か盗賊はいなくならないそうです。」


まるでGだな。1匹いたら50匹いるってか。気持ち悪い。

まぁ盗賊については下僕ができたと思えば今回の件は無理やり納得もできるし、いいとするか。



「リキ様はなぜギルドからの依頼を受けないのですか?受けたくない理由でもあるのですか?」


サラは冒険者ギルドでもそんなことを聞いてきてたな。


「俺は字が読めねぇから受けてないだけだ。今は受ける必要がないから受けないってのもあるけど。」


べつにギルドからの依頼を受けなくても生活出来る程度の金は既にあるからな。


「それだけの理由なのですか?」


「まぁな。そもそも俺は身分証が欲しくて冒険者ギルドに登録しただけだからな。」


「なら試験を受けてランクだけ上げておくといいのです!」


前にアラフミナの冒険者ギルドの受付の人が試験でもランクが上げられるようなことをいってたな。

確かにランクを上げとけばさっきみたいな対応をされることはないだろう。


「だが、俺はもうこの国の冒険者ギルドとは関わりたくない。だから試験を受けるならアラフミナに戻ってからだ。」


もう一度あんな対応をされたら、良くて職員を殺す。悪くて建物ごと破壊することになりそうだからな。


「残念なのです。リキ様の戦いを見てみたかったのです。」


「そんなのそのうち見れるだろ。それよりそろそろ明日の目的地を決めよう。そんでとっとと仲間を見つけてアラフミナに戻るぞ。」


買った地図を広げると、アラフミナと比べるまでもなく小さい国のようだ。


町が1つに村が4つといったところか?


「ずいぶん小さいんだな。これじゃ行くならこの町一択だろ?」


「…そうですね。もともとルドロイ教信者がルドロイ・アルバーンの生まれた町を国にしようという試みから生まれた国らしいので、他の王国や帝国に比べて小さいのだと思います。」


国ってそんな簡単に作れるのか?


「ルドロイってのは神か何かか?」


「…ルドロイは最強の魔法使いとされる英雄です。この世界には大きく分けて3つの宗教があります。この世界の創造神を崇める神教。加護を与えてくださっているといわれる女神を崇める女神教。世界を危機から救ったとされる英雄を崇める英雄教です。創造神と女神は1人しかいないとされているのですが、英雄は1人ではありません。そのためいくつかの宗派があります。主なのは最強の英雄といわれるカザエル・サイモンを崇めるカザエル教と先ほどのルドロイ教です。それぞれの教えをわかりやすくいうと神教は広い心で全てを受け入れよ。女神教は弱き者に手を差し伸べよ。カザエル教は己に厳しく強くあれ。ルドロイ教は魔法至上主義で弱者は己の怠慢による結果だから排斥せよです。」


なんかルドロイ教だけ過激だな。

もちろん俺にわかりやすくまとめてるだけで、実際の教えは微妙に違うのだろうけど。


それにしても俺が何も知らないと悟ったからかかなり細かく説明してくれたな。

セリナとサラは元からある程度知っていたような反応だが、他のやつらは途中から興味を失って聞いてすらいなかったみたいだ。


まぁ俺が知りたいことは知れたから助かったけどさ。


最強の英雄と最強の魔法使いか。


「ってかおっちゃんって英雄と同じ名前なんだな。」


「「「え!?」」」


アリア、セリナ、サラが一斉に驚いた顔をした。

有名人と同じ名前なのってそんなに驚くことか?


「…肉串屋の方ですよね?」


アリアが気の毒そうな表情で確認をしてきた。


「そうだが、なにかいけないことなのか?」


「…いけないことではないのですが、英雄を神と同等に崇める者からしたら、同じ名前の者が現れると許せないとする者も中にはいるので、辛い人生を歩んだのだろうと勝手ながら思ってしまっただけです。英雄教信者には過激な方が多いらしいので。」


俺は日本にいた頃から宗教には入ってなかったからよくわからない感覚だが、確かに尊敬する人と同じ名前を持つ人がイメージと全然違った場合、偽物と思ってしまうかもな。それがただショックを受けるだけなら同じ名前を持つ人に害はないが、過激な奴が多いんじゃそんな穏便には終わらねぇだろう。


実際はおっちゃんの人生がどうだったかはわからねぇが、仮に名前のせいで苦労してたなら、その名前をほぼ初対面の俺に教えて武器防具屋を紹介したときはどんな心境だったのだろう。人を信用出来なくなった俺には想像もできないが、おっちゃんいいやつ過ぎるだろ。

ヤバい。泣きそうだ。


こいつらの前で泣き顔を見せたくはないから話を変えよう。


「話が逸れてしまったが、明日の予定を決めよう。」


行き先は町で決定し、町に着いたら奴隷市場を回って良さげな奴隷を探し、見つけ次第アラフミナに帰ることになった。


こんな国に長居したくないし、帰って新人のレベル上げもしとかなきゃならないしな。


話し合いも終わったから、飯を食べてそれぞれの部屋で寝ることにした。

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