第29話



ふと目を開けると目の前に歩がいた。


あれ、もしかして今までのはただの夢だったのか?

だとしたらどこから夢だったのだろう?


久しぶりの歩の感触を確かめるように抱きしめてみた。

なんかヒンヤリしていて気持ちがいいな。





…。





強く抱きしめたせいか歩が目を開けたのだが、綺麗な青い瞳をしていた。





「なんでお前がここで寝てる?」


「おはよ〜リキ様。エヘヘ〜リキ様だ〜。」


寝ぼけているせいか会話が成り立たない……ん?いつもか。



「もう一度だけ聞く。これがお前が俺のパーティーに残る最後のチャンスだ。なんでお前がここで寝てる?」


「…!?え、あ、え…え〜と。昨日リキ様が好きなベッドで寝ていいっていってたから、リキ様と同じベッドで寝たの。」


なんでベッドが4つあって、好きなの使えっていってんのに同じのを選ぶんだよ。

そんなに窓際がよかったなら先にいえし。つっても使い魔の分際でそんなワガママを許すかはわからんが。


「普通に考えてベッドが全部で4つあんだから1人1つ使うだろ。」


「リキ様と一緒に寝たかったんだもん。」


まぁ実際ヒンヤリして心地よく寝れたからいいんだけど、飼育するにあたってワガママをなんでも許すわけにはいかないからな。


「だったら最初に頼め。そこで断られたら諦めろ。勝手なことばっかしてると俺の経験値にするぞ。」


仲間ってのは信用第一だからな。

だからこその奴隷紋であり、使い魔紋だ。


「…ごめんなさい。」


ショボくれやがった。


「わかればいい。それより、なんで人間になってんのにこんなに冷たいんだ?」


人間に変身したらほぼ人間になるんじゃねぇのか?


「人間はまだ食べてないから、リキ様の髪の毛からの情報以外はほとんど自分で補っているからかな〜?」


まだって、人間を食べる機会があったら食べる気かこいつ?


深く考えるのはよそう。


そういや吸収したものを再現するのであって、そもそも吸収してないものは再現できないってことか。

だから見た目は人間で体はスライム的な。

というか吸収してないのにこの再現度は逆に凄いがな。


でも服は魔物の毛皮を使ってるっぽいから生暖かい。



なんだかんだでずっと抱き枕にしていたイーラを離し、ベッドから起き上がる。


アリアとセリナはもう起きているみたいだ。


腕時計は6時か、町まで5時間以上かかるんだし、とっとと準備して向かうか。





朝の準備を終わらせた後、宿屋の朝食を4人で食べてから村を出た。


イーラは普通の飯も食べるようだ。


昨日、歩の姿で虫を食べようとしたときに強く止めたからか、飯のときにスライムに戻ろうとしていた。

普通の飯はそのまま食っていいといったら喜んでいたが、味とかわかんのか?





村を出てから30分ほど歩いたときにふと気づいた。


イーラが変身できるんだったら、足が速そうな魔物に変身させて、3人で背中に乗れば移動速度が速くなるんじゃね?


「イーラ。なんか速そうな魔物にメタモルフォーゼしろ。」


「ん?」


疑問に思いつつも毛がフサフサな犬みたいになった。

あぁ、イーラの服が見たことある毛皮だと思ってたら、こいつだった。

確か穴場ダンジョンの地下5階にいた気がする。


…これだと3人乗るには小さいな。


「もうちょい大きくならないのか?あと3倍くらい。」


「…ガウッ。」


渋々承諾したっぽい。


一度薄い青になったと思ったら、膨らんでさっきの魔物になった。

いや、微妙にさっきとは違うな。大きくするためには他で足りない部分を補わなきゃならないのだろう。

それをすぐにやれるのはけっこう凄いのかもな。

一応褒めといてやるか。


「よくやったイーラ。それで俺たちを町まで運べ。セリナ。軽量の短剣を貸せ。」


「はい。」


セリナから受け取った短剣とアイテムボックスから取り出した鞭を使ってイーラの首に取り付けた。


使い魔画面で確認するとちゃんと軽量の加護がついている。

これで3人くらいは大丈夫だろ。


「これからは移動はイーラに乗ろうと思うが、もちろんいいよな?」


「ガゥッ!」


なんでちょっと嬉しそうなんだ?

拒否権は与えるつもりがないが、本人がやる気ならそれに越したことはないか。


俺、アリア、セリナの順に乗った。


「いいぞ。進め。」


どのくらいスピードが出るのかわからなかったから、念のため俺はイーラの首にガッツリホールドをかけて、アリアが俺の腰、セリナがアリアの腰に手を回していた。


その判断はマジで正解だった。


加速時の後ろに引っ張られる力が半端じゃなかった。

どんだけ一気に加速したんだか。

一定の速度になると抵抗が減ったが、風の音がヤバい。


ぴったりイーラにくっついてるから風の影響はほとんどないが、ちょっとそれたら吹っ飛ばされそうだ。


これは慣れるのに時間がかかりそうだ。



それだけの速度で走っていたから、5分ほどでたぶん半分くらいは進んだ気がする。

徒歩で5時間だから約20キロ?それの半分は10キロで、10キロ5分ってことは時速120キロくらいで走ってんのか ︎


ふと観察眼が反応した。


「止まれ!」


イーラが急ブレーキをかけた。


「うげっ…。」


マジで潰れるかと思った。

整備された道にブレーキ痕が残るほどの急ブレーキをかけたみたいだ。ブレーキ痕という名の血の道だがな。


慣性の法則によるサンドイッチとなりながら前方を確認すると、止まらなければ俺らがいたであろう位置を火の玉が通っていった。


なんだあれ?


飛んできた方向を見ても人影は見えない。といっても100メートルくらい先からは森だからいくらでも隠れられるだろうがな。


「イーラ。大丈夫なのか?」


それよりも血まみれで急ブレーキをしたイーラの方が問題ありそうだ。


「ガウ?」


わかってないようだからいいか。

スライムだからいくら変身しても痛覚はないのかもな。


そんなやり取りをしていると、森から1人の男が出てきた。

こいつが今の火の玉を打ってきたのか?


『フレアバウンド』


その男の足元に一瞬だけ包まれる程度の炎を出した。


「アッツ!アツーー!」


一瞬なのに大袈裟だな。


「それでチャラにしてやる。行くぞ。」


「ちょっと待て!」


男の言葉を無視してイーラが進みだした。

わかってるじゃないか。ちゃんと俺の命令を優先したな。


『ファイアーボール』


今のイーラなら簡単に避けられるが、俺らに攻撃してきたやつをそのままにするわけにはいかない。


イーラを止まらせ、降りてからガントレットを嵌める。


「おま「僕が誰だかわかってて攻撃したのか?」」


言葉を被せてきやがった。

ってか何こいつ?初対面でわかるわけねぇじゃん。


「知ら「わかっててやってるのなら許すわけにはいかないな。まぁ僕を知らないわけがないから、お前は死刑だ。」」


わざと被せてんのか?

答えさせる気がねぇなら最初に疑問系で話しかけんなよ。

イライラすんな。マジで。



「お前が誰か知らねぇし、興味もねぇ。お前の許しなんかどうだっていい。だが、俺らに攻撃したからには敵だ。」


今回は被せてこなかったな。

というか、知られてないことがショックだったのか、口をパクパクさせている。


まぁいいや。敵は殺す。



一歩踏み出して殺すために思い切り殴ろうとしたところ、アリアとセリナに腕と体を掴まれて、邪魔された。

それでも無理やり飛んで間合いに入り、振り抜いた腕は駆けつけてきた盾を持ったやつが間に入ってきて受け止めた。いや、受け止めきれずに最初の男と盾のやつが一緒に2メートルくらい吹っ飛んだ。


喧嘩売ってきたくせに弱くね?


「き、貴様!僕が誰だかわかってやっているのか!絶対に許さないぞ!死刑にしてやる!」


「お前は馬鹿なのか?いってることがさっきと一緒だし、それには答えた。もう忘れたのか?」


さっきの男は顔を真っ赤にして、怒りを露わにしている。


それよりも、いまだに俺の体にまとわりつくアリアとセリナに意識を向ける。


「お前ら、なに邪魔してくれてんだ?裏切りか?」


「…ごめんなさい。裏切るつもりはありません。ただ、話を聞いていただきたいです。」


「なんだ?いえ。」


「…この人はたぶん勇者だと思います。殺してしまうといろいろと問題が発生すると思い、リキ様に確認する前に止めてしまいました。ごめんなさい。」


こいつが勇者?

嘘だろ!?


鑑定を発動。



鹿島 冬馬 人族 15歳(召喚)

勇者LV48

状態異常:火傷



本当に勇者だ。

ってかあの程度で火傷かよ。


歳は俺とタメか一個下ってところか。

名前的には日本人だろうけど、仲良くできる気がしない。


勇者っていうくらいだから上限なしか?

だとしたらレベルが50にすら満たないのもわからなくはないな。


鑑定するのが早いか。



勇者…国に選ばれし者のジョブ。上限はない。



やっぱり上限はないのか。

ってかLV48にしてはステータスが低くないか?

なぜか攻撃系だけ異様に高いが、それで俺と同じくらいで他が弱すぎる。攻撃系以外はセリナくらいしかないんじゃないか?


まぁステータスが低くても戦いようはあるとは思うが。


「無視するな!」


『ウインドカッター』


さっきからなんかいっていたのを無視してアリアと話したり鑑定したりとしていたら、怒って魔法を放ってきた。


やけに遅いな。

たぶん風の刃だから見えないってのが利点なんだろう。まぁ観察眼のおかげか丸見えだがな。


「あいつが勇者なのはわかった。だからイーラのとこまで下がってろ。」


「…はい。」


『ノイズ』


分かったうえでの行動なら止めるつもりはないのか、素直にアリアとセリナはイーラのいるところに戻っていった。

ただ、なぜか『ノイズ』だけ唱えていきやがった。なんでこのタイミングで『ノイズ』を使ったんだ?

まぁアリアのことだから考えがあるのだろうから気にするのはやめよう。



やっと届いた風の刃をガントレットで地面に受け流す。

切れ味を心配して受け流したが、受け止めても問題なさそうだった。


「外したか!お前らも魔法を放て!」


お前が外したんじゃなくて、俺が受け流したんだよ。

そんなこともわからないのか?


魔法使いのような女が詠唱を始めた。


「セリナ。」


名前を呼ばれたセリナはそれだけで察したようで、足元にあった小石を魔法使いに向かって投げた。

投擲の加護のおかげか、綺麗に魔法使いの額に当たった。


魔法使いは痛みで詠唱を中断してしまったようだ。


仲間の援護を棒立ちで待っていた勇者に一歩で近づく。



『中級魔法:電』



勇者の脇腹に手を置いてスタンガンのように発動した。


「ギャーーーーーッ!」


「「「「勇者様!」」」」


勇者一行の5人のうち4人が心配しているような声を上げた。

1人だけ冷静に見てるやつがいるな。

なんか視線が嫌な感じだ。




「貴様はそんな装備をしておいて魔法が得意とは騙したな!?この詐欺師め!なら接近戦で倒してやる!」



相手の苦手分野に持ち込むのは戦法としては間違ってないが、勇者としてどうなんだ?


それに俺は見た目通りに近接格闘タイプなんだがな。


勇者は随分と立派な剣を持っているようだが、宝の持ち腐れだ。

ただ振り回しているだけだし、力がないのか振りも遅い。

手を使わなくても避けられるし、回避の練習にもならない。




なんかイライラを通り越して可哀想に思えてきた。


俺は弱い者イジメは好きじゃないんだよな。



「このっ!避けるな!ズルいぞ!当たれ!」




哀れだ…。





勇者が振り下ろしてきた剣に手を添えて、さらに勢いを増させた。

勇者がその勢いを止められるはずもなく、剣は地面に深く刺さった。この剣の切れ味ヤバいな。


勇者は剣を離さなかったから、バランスを崩して前のめりになった。


その勇者の後頭部めがけて、かかと落としを決めてみた。

かかと落としなんて人生で初めて使ったわ。

一度はやってみたいと思っていたが、普通の喧嘩や戦いじゃ、やる機会がないしな。それにやってみてわかったが股が超痛え。



俺の踵が勇者の後頭部に当たる直前にアリアが『オーバーコート』を唱えるのが聞こえ、当たった瞬間にガラスが割れるような音がした。


勇者は一度地面に額を打ち付け、バウンドしてから横向きに倒れた。

額からは血を流し、白目をむいている。


もう殺す気も失せたから、ただ黙らせようと思っただけなのに、アリアが魔法を使わなければ殺していたかもな。

アリアのことだから俺が殺す気が失せてることを察して魔法を使ったんだろうが、別に死んだら死んだでイーラに食わせるだけだからいいんだがな。

もちろん証拠隠滅のために全員な。



でも大災害を乗り切るために勇者には頑張ってもらわなきゃだから、結果オーライか。


さて、この後どうするか…。



「勇者一行に聞くが、まだやるか?俺はできればほっといて欲しいんだが、お前らも俺を死刑にしたいとか喚くなら消えてもらうしかないぞ?今のことを全てなかったことにするならこいつは返す。…どうする?」


勇者を心配してるっぽい4人は若干震えていて、なんて返事をするべきかを迷っているようだ。


まぁこいつらじゃセリナにすら勝てないだろうからな。


勇者の愚行を冷静に観察していた男が歩いてこちらに向かってきた。


10メートルほど離れたところで立ち止まる。


「この度は無礼を働き、大変申し訳ございませんでした。」


騎士のような格好をした白髪混じりの渋いおっさんが深く礼をした。


「勘違いとはいえ、こちらから攻撃を仕掛けてしまったことをなかったことにしていただけるご厚意、深く感謝いたします。」


「わかればいい。こいつは返す。」


地面に倒れている勇者を持ち上げて、渋いおっさんに投げると、渋いおっさんは片手で受け止めた。

やっぱりこいつがこん中で1番強いんだろうな。


鑑定を使うとノイズが走って、かろうじて見えたのは騎士LV68だった。

こいつも鑑定で見れないみたいだが、さすがに(詐称)はなかったから本当に騎士でLV68なのだろう。勇者より強いんじゃねぇ?


「じゃあ俺らはもう行くけど、次攻撃してきたらわかるよな?」


「もちろんでございます。」


ちゃんとわかっているようだから、これ以上は何もいわずにイーラのもとに戻って、乗る。

続いてアリアとセリナも乗った。


「行け。」


余計な時間をくったが、イーラに乗って街に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る