裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
葉月二三
第1話
後頭部の痛みによって薄れていく意識のなかでふと思う。
どうしてこうなってしまったのだろう…
小学生の頃は周りから天才だといわれていたが、今では大人には落ちこぼれといわれ、同年代には煙たがれる生活を送っている。
周りからの評価は今と昔で真逆に近いかもしれないが、俺自身は変わったつもりは全くない。
ただただ楽しいことが好きというだけだ。
小学生時代は新しいことを知るのが楽しくて、今思えば異常なくらいに勉強していた。
小学校5年生に上がる頃には高校で学ぶくらいの範囲までは独学で勉強していた気がする。
そのまま突き進んでいれば学者にでもなっていたかもしれない。
そんなガリ勉人生に終止符を打ったのは小学校5年生のときの算数の授業だった。
先生が黒板に問題を書き、「わかる人〜?」といわれて、俺は手を挙げた。
俺以外にはわかる人がいなかったようで、ちょっとした優越感に浸りながら、まだ習っていないxやyの代入式を用いて、あえて難しく答えを導き出した。
自信満々で席に戻って先生に褒められるのを待っていたところ、俺が書いた式の上に先生が赤いチョークでバツをつけた。
そのときの俺は頭が疑問符でいっぱいだった。
暗算で解いても別の式で解いても答えが間違っていないことを確認したうえで頭の良さを自慢するためにまだ習っていない代入式を使ったのだから間違えているはずがない。
そして先生の発言に耳を疑った。
「
周りからクスクスと笑い声が聞こえて、間違えていないのに馬鹿にされるのは納得出来ず、先生に反論した。
「教科書の式を使わなきゃダメなんて先生はいわなかったじゃん!」
「そんなの当たり前だからいわなかったのです。普通に考えたらわかるでしょう?」
「普通に考えたら算数は答えがあっていれば途中の式なんてなんだっていいんじゃないの?」
「はぁ…」
面倒だなこいつと思っているのが子どもでもわかるほどのため息を先生がついた。
「じゃあこれからは教科書の式を使わないとバツにするから教科書の通りに問題を解くこと。他のみんなはいわなくても普通のことだからわかってると思いますが、わからない子がいるから改めていうけど、ちゃんと教科書の通りに問題を解いてね。」
そのまま授業が再開された。
周りのやつらの笑い声や陰口にイラつきもしたが、この時の俺は一瞬で全てがどうでもよくなったことを今でも覚えている。
怒りよりも大人への失望、呆れ、そういったものの方が勝っていた。
ただ、この出来事をキッカケにちょっかいを出されることが増えた。有り体にいえば目をつけられたのだ。
それでも勉強への興味を失うだけで済んだのは先生や他のやつらに目をつけられようが変わらないでいてくれる友だちがいたからだと思う。
勉強をやめた俺は今までの分を取り戻すかのように、友だちと遊ぶことが増えた。
それからしばらく経ち、小学校6年生に上がると、人によっては私立中学に入るために受験勉強をし始めていた。
もちろん俺は私立に行く気は全くないが、勉強しなくなってから半年程度経ったところで学力一位の座は俺のまま変わっていない。
まぁ通知表的には悪かったけどな。
いくら俺の頭がいいといっても、受験組のやつらは塾に行っているし、あの算数の授業以来、数少ない友だち以外には避けられているから、俺に勉強を教えて欲しいなんていうやつがいるとは思わなかった。
そんな予想外の出来事が起きたのは、夏休みに入る1週間ほど前のことだった。
友だちと遊ぶ予定を立てながら下駄箱で靴を履き替えようとしたところ、女子が1人で待ち伏せしていたようだ。
「神野くん。夏休みの間、勉強を教えてください!」
「は?」
第一声でいきなり勉強を教えて欲しいとかいわれても意味がわからなかった。
しかもこいつとは同じクラスになったことすらない。
「クラスが一緒になったことがないのにこんなことを頼むのもおかしいよね。」
苦笑いを見せているが、諦めるつもりはないようで、話を続ける。
「えっと、私は
同じクラスになったことがなくてもこいつのことは知っている。
なぜならそこそこ人気のある女子だからだ。
思春期の俺は喜びと同時に疑いの念を抱く。
「お願いっていわれても、俺になんか得があんの?」
喜びがバレないようにそっけない態度を取ったが、無償でやるほどお人好しではないのも事実だ。
「お金は払えないけど…第一志望の中学に合格出来たら、私ができることならなんでも1ついうことを聞くよ!」
思春期の男にそんなこといっていいのか?
だが、言質はとった!
「その約束、絶対忘れんなよ!」
そうして久しぶりの勉強をすることになった。
週に3日、朝から門限まで、ときにはうちで、ときには横山家で、ときには図書館でと勉強することになった。
最初は可愛い子と2人きりの勉強ということで色々と期待したが、かなり真面目に勉強している横山の姿を見たら、俺も触発されて本気で取り組んでいた。
そんな日々が続き、夏休みも残り少なくなってきた頃、俺にちょっかいをかけてきていた同級生の
「ちょっと顔貸せよ。」
「嫌だよ。もう門限だし。」
まだ門限まで1時間くらいあったが、面倒だったので嘘ついて断ったらいきなり殴られた。
殴り合いの喧嘩は幼稚園の頃以来したことはないはずなのに、無意識に殴り返していた。
所詮は小学生同士の喧嘩だから端から見ればお粗末な殴り合いだったと思うが、なんだか楽しかった。
ただ、徐々に目が慣れてきてからは一方的に俺が殴る形になり、急につまらなくなってやめた。
渡辺から殴ってきたくせにガチ泣きしていたので、そのまま放置して帰宅した。
次の日、また渡辺が家の前で待ち伏せしていた。
「ちょっと顔貸せよ。」
「昨日もいったけど門限だから嫌だよ。」
「怖いのか?」
「あぁ怖い怖い。喧嘩売っといて返り討ちにあってガチ泣きする姿とかマジ怖いから許して。」
「てめぇ!」
真っ赤になった渡辺が殴りかかってくるが、殴られる前に腹を殴ってみた。
うずくまって必死に我慢してる姿を見たら、追撃する気が失せてしまい、放置して帰宅した。
それからは学習したのか、友だちを連れてきたり、先輩を連れてきたりと対戦相手がレベルアップしていった。
まるでゲームみたいで楽しかった。
渡辺のプライドなのかはわからないが、助っ人を呼んでも、なぜか助っ人と俺のタイマンでの勝負だった。
しかも素手のみ。
本当にわけのわからないやつだ。
そもそも俺に喧嘩を売る理由すらそのときはわからなかった。
でも、あの頃の俺は渡辺に感謝していた気がする。
こんなに楽しいと思えたのは勉強にハマってたとき以来だったから。
それからは渡辺に限らず売られた喧嘩は必ず買っていた。
中には鉄パイプとかナイフを使ってくるやつや複数人で襲ってくるやつもいたけど、なんとか大きな怪我もせずに生きている。
そんな生活を続けていたら不良のレッテルを貼られてしまった。
でも、別に学校には毎日行くし、授業もそこそこ受けている。
ただ喧嘩が好きなだけだ。
まぁ周りの評価がどうであれ、ずっと変わらずにいてくれる友だちが今でもいるから、どうでもよかった。
それに毎日のように喧嘩していたから、人を見る目を養えたしな。
見る目っていっても相手の力量くらいしかわからないけど。
中学卒業まで変わらずに仲がよかった5人のうち、4人は高校が違ってしまったが、唯一俺と一緒に喧嘩の日々を送っていた
中学3年の途中から周りに強いやつがいなくなり、喧嘩もつまらなく感じるようになったせいで、中学卒業するころにはほとんど喧嘩もしなくなっていた。
それでも中学時代は喧嘩ばかりしていたからか喧嘩好きや上下関係を気にする先輩が近寄ってくる。
そして、それ以外のやつは近寄ってこない。
でも隼人がいるから高校生活もきっと楽しいだろう。
やっぱり親友っていいよな。
と思っていた。
ずいぶん長い走馬灯のおかげで怒りを忘れていたけれど、思い出してしまった。
いや、これも走馬灯の続きなのだろう。
遠のく意識が黒い靄に飲み込まれるような錯覚を得た。
高校生となって初めての夏休みの前夜、隼人に呼ばれて、いつもの待ち合わせ場所である廃墟にほぼ手ぶらでやってきていた。
壊れている門を潜って敷地の中に入る。
ふと何かおかしいと思いながらも、特に気にせず建物の扉を開けて中に入った。
だいたい俺たちが使うのは入り口から2つ目の部屋だ。そこが一番マシだったからだ。
部屋に入るとドアが閉じられた。
もちろん自動ドアではないし、俺が閉めたわけでもない。
だが、俺はそんなことよりも真正面の机に座っている男を見て、言葉を失った。
逆らうやつは本人を半殺しにしたうえでその家族にも危害を与えることで有名な頭のおかしい先輩だ。
できる限り関わらないようにしていたのになぜここにいる?
「やぁやぁ神野君。最近調子に乗ってるみたいじゃない。」
「え…」
いや、最近はむしろ大人しくしているのだが…いわないけど。
「いや、別にいいんだよ。まだ僕に直接被害はないから、見逃してあげるよ。」
「…」
「だから毎週2万持ってきな。月曜日に集金するから忘れないようにね。」
「え?えっと…そんな金ないです。」
「おかしいな〜。嘘は良くないよ?」
「嘘ではな…」
「君は既にアルバイトをしていると聞いてるよ。今君がしているネックレスは5万くらいしたんでしょ?それだけお金があるなら大丈夫でしょ?」
バイトをしていることなら見られた可能性もあるからまだわかるが、なんでこのネックレスの値段まで知ってんだ?
その疑問が顔に出ていたのか、先輩は顎で俺の横を示す。
そこには「ごめん。」と手を合わせている隼人がいた。
わけがわからない。
親友だと思っていたやつに売られたのか?
「彼が僕のテリトリーでふざけた事をしてくれてね。問い詰めたところ知らずにやっていたらしいんだよ。それならチャンスを与えるべきかなと思って、誠意を見せろといったら君を紹介してくれてね。」
「は?」
「その口の利き方は良くないなぁ〜。でもわかるよ。彼いわく君ならきっと代わりになってくれると信じているみたいなんだし、本当にそうならその友情は素晴らしいと思う。そしてそれを平気で利用する彼のクズっぷりには僕もビックリしたよ。いや、面白かったよ。だから彼は許した。君はどうする?」
状況がうまく飲み込めない。
脳が理解したくないと拒んでいるが、早く行動を起こさなければダメだと直感が告げている。
中途半端なことをするとバッドエンドしかないだろう。
いや、どの選択肢を取ろうともバッドエンドしかないだろう…
金を払うのも、他の友だちを売るのも俺はする気はない。
先輩を観察する。
タイマンならたぶん勝てるが、視界に入るだけでも先輩と隼人以外に4人いる。
この中で一番強いのは見たところ先輩のようだ。
だが、全員がタイマン勝負をしてくれるわけがない。
この人数相手に勝てるわけがない。
「余計なことはしない方がいいよ。僕は君と喧嘩をするつもりなんて微塵もないんだ。それでも君のやり方を通そうとするのなら、君も知ってると思うが、僕も僕のやり方でやらせてもらうよ?」
「…」
「まずは君の妹さんを…」
ダメだ。こいつは殺すしかない。
左腕の腕時計を外して拳に付けて走る。
4人さえ突破できれば先輩を殺すことができるだろう。
4人は反応に差が出たようで1発KOができるなら1人ずつ相手が出来る形となった。
まずは1人目、左足を踏み込み、走った勢いを乗せて右拳を相手の頬に打ち込む。
右手の人差し指と中指にしているゴツい指輪がめり込む感覚が伝わる。
相手が倒れるかの確認を取らずに、体制を立て直そうとしたところで後頭部に衝撃が走った。
何事かと後ろを見ようとしたせいで変な角度で地面に倒れた。
それでも殴ったやつの顔は見れた。
赤い血の付いた鉄パイプを持った隼人がニヤッと笑っていた。
走馬灯が現在に追いつくと同時に体の感覚がなくなり、このまま死ぬのだと悟った。
周りの慌てる声が遠くなっていく。
いくら狂った先輩でも死人がでたら慌てるんだな。
でもこれで妹の
そう考えるとバッドエンドの中ではマシな結果なのかもしれないな。
薄れる意識の中、隼人への怒りだけは込み上げ続ける。
黒い靄に飲み込まれるような感覚を味わいながら、遂にはテレビの砂嵐のような音しか聞こえなくなった…。
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