まるで完熟マンゴーを冷凍したような食感のアイスバー

@zakkichou

まるで完熟マンゴーを冷凍したような食感のアイスバー

コンビニでアイスを買った。

「まるで完熟マンゴーを冷凍したような食感のアイスバー」なんとも売れないラノベのタイトルのような感じだ。


午後11時。汗ばむスーツ。残業帰りに公園に立ち寄る。どうせ家に帰っても何かをするだけの時間はない。昼間はかすかに鳴いていた蝉の声はもう聞こえず、代わりに鈴虫が静かに鳴いている。風が夏のにおいを吹き飛ばして、お前の隆盛ももう終わったのだと告げる。


広場にはぶかぶかのTシャツとよれよれのジーンズでスケボーをする青年。

それと私。

一心不乱に目の前のことに没頭する彼はなんだか青春のオレンジ色をしていてとてもみずみずしく見えた。時間つぶしに彼について夢想する。


ワイヤレスのイヤホンを耳にさし世間と自分を切り離しスケートボードを身体の一部にして踊っている彼。体格や顔つきの若さから高校生、夜中にこんなところにいるということは両親ともうまくいってないのだ。酒や煙草も周りになく、ひどく髪を染めた暴力的な連中ともつるまず一人でいるところを見ると根は真面目で、けれど勉強かそもそも社会そのものになじめず一人で夜のささいな逃避行を行っているのか。もしくは彼の母親はひどいやつで、家に男を呼び込むからと彼に今日は帰ってくるなと言い放ったのかもしれない。どちらにせよつらい日々の生活の中でこの時間だけは彼が彼でいられるのだということは間違いない。


私が私でないのと対照的に。

世の中とまじりあうことで自分を守ってきた私には自分がもともと何色だったのか思い出せそうにない。


ところで私はこのアイスバーが本物のマンゴーと決定的に違う点を一つ見つけてしまった。繊維がないのだ。果肉それぞれを繋ぎ止めるための骨格といってもいい。水あめのようにさらさら溶けていってしまってはなんだか物足りない。

これも一種の戻れなさなんだろうな。一度バラバラになったものを無理やりくっつけてももう元には戻らないあの感じ。


例えばこの公園を囲う生垣、もしくはこの公園それ自体。昔はよくこの公園で遊んだ。当時は身長も小さく周りの生垣より外なんて背伸びしたって見えなかった。ちょっとした丘の上に作られたこの公園。昔は自分たちの住む町が世界のすべてだった。小学校の校区外には出てはいけないと言われていたし、校区の境界が世界の果てだった。隣の校区につながる長い上り坂は当時は永遠に続いていると思っていて、そのままあの世につながっていると本気で信じていた。

私は立ち上がって生垣の向こうを眺める。世界は広がっていく。煌々と街の灯は連なっていて、山を越えてもっと遠くにつながる。当然、上り坂はどこかで下り、あの世なんてものは見えそうもない。


戻れないのだ。世界と混ざり合う前には、世界の広さを知る前には。私がいくら夜遊びをして日常を忘れようがしゃがんで視界を縮めようが、どれだけ似せようとも純粋な感覚には近づけそうもない。青春を氷漬けにしてそれを鑑賞するだけの日々ならどれほどよかったか。ずっと子供のままで。


夜が深まる。少し寒くなってきた。

頭を冷やせ。今の自分と向き合おう。


私は四方に散らばった青春の残り火をかき集めて暖を取る。今もなお眼前で踊る彼のように中心で燃え盛る原初の炎の面影はなく、きちんと組まれていたであろう薪はぼろぼろに焼け崩れて、それでも私はそれをかがり火として今日も生きるのだ。


溶けたアイスのしずくが手のひらを伝った。気づいて私はぺろっと舐める。美味しい。

「まるで完熟マンゴーを冷凍したような食感のアイスバー」

本物のような色はなくとも、骨格のない粘土細工だとしても、美しい、と。案外それでいいんじゃないか。そう思った。

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