第3話 負けたくないセカイ
天がアメリと共に着いた場所は魔導騎士団の拠点。
ギラナダ王国から少し東に行った場所にそこはあった。拠点といっても大きな建物があるわけではない。拓けた野原にポツンと木で作られた簡易的なテント。そこには二人の女性が退屈そうにしていた。
アメリに気づいた少し背の高い髪の短い女性が二人に近づく。
「あーっ! 姐さん。……ってその子誰? 新入り?」
「この子はヒューズナイトに頼まれたのよ。魔導騎士団見習いってとこね。かわいがってあげてね? ノノ―――」
「ふーん……。随分とかわいい顔してるね? まだ子供じゃん。それにしては魔力が半端なくない? なかなか期待できそうだね?」
ノノと呼ばれた女性の名はノズワードノワール。魔導騎士団の実力者で主に爆発系の詠唱魔術を操る。背の高い彼女はラフな格好をしていた。動きやすそうなタンクトップに短パン。だが、アメリの女性の姿とは違い、ペタンコの胸であった。
元気の良さそうな声と笑顔で天に手を差し出した。
「よろしくねーっ?」
「あっ……。ひ、日向天です。よ、よろしくお願いします」
「ひなたそら……。天って何歳?」
「じゅ、十四です」
「わ、若っ! ソミナと同じ年じゃん。ソミナーっ。挨拶くらいしなよ?」
ノノが目を向けた先には一人の背の低い少女が立っていた。
ソミナと呼ばれた女性はチラッと二人を見るもすぐに目をそらして下を向く。
ソミットナインドット。ノノとは違い背も低い。だが、胸だけは女性の姿のアメリにも負けないほどであった。長いツインテールは自身の足元に届きそうな長さだ。これぞ魔法使いというような格好のソミナには特殊な力があり、アメリはそれに気づいて魔導騎士団に引き入れたのだという。
「ごめんねー? ソミナって極度の恥ずかしがり屋でさー。でも、優しい子だから仲良くしてあげてね?」
「は、はい……」
アメリは皆を集めて口を開く。
「ヒューズナイトからは天君の修行は剣術を中心にって言われてるわ。早い話が魔術を使う相手に剣術で対応できるように育ててって話なのよ。だったらノノは適役だと思ってね」
「私が? この子魔力めっちゃあるじゃん? 魔術教えた方が良くない?」
その話を聞いたソミナが珍しく静かに口を開いた。
「……彼は魔力を持たない」
「ん? どういうこと? ソミナ」
「彼の中に精霊が潜んでいる。魔力の正体はそれ……」
ソミナの言葉に耳を傾けるノノは天に問う。
「んん? 君って精霊使いなの?」
「え、えーっと……。なんていうか……」
しどろもどろの天を見てソミナはブツブツと小声で呟いた。すると、天の足元の地面が細かい砂に姿を変えた。その地面はゆっくりと天を飲み込み始める。
「え、えっ? な、なんだよこれっ」
慌てる天の様子に眉一つ動かさないソミナはさらにブツブツと呟く。
腰辺りまで地面に飲み込まれた天は必死に抗っていた。砂に変わっていない地面に手をついて抵抗していた。だが、ソミナはすでに次の準備を始めていた。
それを察知したリンダは天に囁いた。
――天様。彼女は地の精霊と水の精霊を操っています。力で抵抗しても無駄だと思われますが……。
――ど、どうすりゃいいんだよ。こ、このままじゃ飲み込まれちまうっ!
――彼女の精霊の力を他に集中させましょう。私に任せてもらえますか?
――た、頼む。もう限界だっ。
――はいっ!
リンダは魔族を呼び出した。呼び出した魔族にソミナを襲うように指示する。当然それを察知していたソミナは一旦、天へ差し向けた精霊を引き込んだ。
「闇の精霊……。まだ若い」
ソミナは水の精霊の力により魔族を倒した。そして、地の精霊に命令する。
「彼の足元に石を。戻してあげて……」
天の飲み込まれた体は足元の現れた石によって持ち上げられ、地上へと戻った。それと同時に砂に変わった地面は元に戻る。
「な、なんなんだこれ? 一体どうなってやがる」
「あなたは闇の精霊を連れて何を企んでいるの?」
ソミナは目を合わさずに天に向かって問う。
「はぁ? 何も企んでねーよ。それにリンダは悪いやつじゃない。こいつは―――」
そこにアメリが割って入った。
「はいはい。そこまでよ。天君の魔力はリンダちゃん? その子のせいだったのね。姿を現してもいいわよ? リンダちゃん?」
アメリの言葉にリンダは天の体の中から姿を現した。羽を羽ばたかせて天の肩にちょこんと座った。
「あら? 随分とかわいい子ね? ソミナも見破ったのはさすがだけど、少し強引よ? 女の子はもっとお淑やかに上品であるべきよ」
「すみません。ですが団長。隠されるのは好ましくなかったもので……」
「別にいいわよ。時には強引に押し倒すくらいのことも必要だから」
ウインクするアメリにソミナは「どっちなんだ?」と言いたげな表情を見せる。
そして、アメリは天の肩に顔を近づけた。
「リンダちゃんだっけ? 正直、闇の精霊はこの世界じゃ否定されてるわ。でもね……。あたしの魔導騎士団は大歓迎よ。あなたのその魔力……ゾクゾクしちゃうわ」
困った顔を見せるリンダは静かに口を開く。
「それはわかっています。ですが、私は天様に危機が迫ればこの力を使います。そ、それでもよろしいのですか?」
「…………。妬けちゃうわね。天君が好きなの?」
「はいっ! 愛していますっ!」
それを聞いたアメリは優しい笑みを見せた。
「……そう。だそうよ? ソミナ」
「それなら問題ないようです。信頼のある言葉を聞けて良かったです」
ノノが天に近づき、リンダに笑顔を見せる。
「リンダかーっ。かわいい子は大歓迎だよ。よろしくね?」
「はいっ」
リンダは満面の笑みを見せて返事をした。
「ふふっ。じゃあ、早速天君の特訓を始めましょう。リンダちゃんは見学。天君のことが心配だろうけど少し我慢してね? ノノ。相手してあげてくれる?」
「はいはーいっ! 本気でやっていいの? 姐さん」
「何を言ってるの? 天君の顔を見なさいよ」
「ん? へぇー……。意外と男らしい顔できるんじゃん。私に触ることができたら天の勝ちでいいよ? できないと思うけどねー」
天は自らの置かれた立場をすでに理解していた。ヒューズナイトがなぜアメリに預けたかを直感的に理解すると、天の心は高揚を隠し切れずにいた。それはすでに剣を抜いている天の表情が狂気に満ちた表情を見ればわかるほどであった。
そして、ノノによる特訓が始まった。魔術を体験するのは初めてにも等しい天はどこからともなく現れるそれに苦戦していた。ノノの魔術は強力かつ正確であった。天の動きは決して遅くもなく、むしろ全力以上の速さを見せるも先回りするノノの魔術になす術がなかった。避けてはまた近距離で爆発の繰り返しは天を苦しめる。魔術の組み合わせが上手いノノはあらゆるパターンの魔術を駆使して、天を近づけることすら許さなかった。
「はぁはぁ……。ちくしょう……」
「はーい。今日はここまでにしましょう。ノノ。天君。ご飯食べましょう?」
「おっ! 今日はソミナの手料理じゃん。美味いんだよねー」
上機嫌なノノをしり目に天は悔しさのあまりうつむいたままだった。
「天君も……。そんな悔しそうな顔しないの。来たばっかりじゃ何もできないわよ。そうね……。一つアドバイスをあげるわ。ヒューズナイトが剣だけであたし相手にあれほどできるのはどうしてだと思う?」
「そ、それは……。魔力がどうとか……」
「だからダメなのよ。魔力なんて生命力と同じなの。天君は自分の命を剣に込めてる? 自分の武器に魔力を乗せるのは命を懸けるのと同じなのよ。ヒューズナイトは危なっかしくも自らの命をあの剣に宿してる……。でも彼は特別かもね。命を懸ける理由があるもの……。さぁ。早く食べましょう」
天は悔しさを払拭できずにいた。これまでの修行とモンスターとの戦闘である程度の自信はあった。だが、ノノを前に何もできずにいた悔しさが込み上げる。
――ちくしょう……。何が命だ……。
「そ、天様……。こ、このお食事美味しいですよ?」
「…………」
天はその夜、何も口にしなかった。おそらくはノノに敗れた悔しさで喉を通らなかったのだろう。周りには心配をかけながらもアメリたちは何も言わなかった。
――――――
その夜。天は寝床から抜け出して黙々と剣を振っていた。リンダは近くの小石に腰かけてその姿を心配そうに見つめる。
――千九百九十三。千九百九十四。千九百九十五……」
一心不乱に剣を振るその姿は焦りを感じさせる。何かしていないと気が気でないような。それは今の天にできる唯一の憂さ晴らしであった。
――千九百九十九。二千っ!
「はぁはぁ……」
「天様。もうお休みになられた方が……」
「なぁ? リンダ?」
「な、なんでしょう?」
「魔力ってどんな感じなんだ?」
「魔力ですか……。う、生まれついたものなので……どうと聞かれても……」
「…………お前らズルいよな。魔力があるからなんでもできるんだろ? おっちゃんもお姉さんも言ってただろっ! 答えろよっ!」
「ひっ……。す、すみません……」
焦る天は当たり散らしていた。何も答えられないリンダは泣くのを我慢し、黙り込む。好きな人に怒鳴られたことに少し恐怖を覚え、下を向いて精一杯涙をこらえていた。
「―――八つ当たりですか?」
暗闇の中に突然聞こえた声はソミナだった。眠そうに一度目をこすり、リンダを優しく両手で包んだ。そのリンダは静かにソミナの手の中で涙を流した。
「盗み聞きかよ……」
「夜中に剣の振る音や大声では聞きたくなくても聞こえてきます」
「……そりゃ悪かったな。けど、俺は負けるのが嫌いなんだよ」
「負けるですか……。勝つことに何か意味があるのでしょうか?」
「……何が言いたいんだ」
「ノノさんに勝って何をしたいのですか? 団長やヒューズナイト様の意向をもっと理解すべきではないのでしょうか? それに……契約した精霊を大事にできないのは論外ですよ……」
ソミナはリンダの涙を人差し指で拭い、その手から解き放ち、その場を後にした。
「何言ってんだあいつ……。勝たなきゃ負けだろーが…………」
次の日からも天はノノにこてんぱんにやられては夜中に剣を振っていた。何も変わらない日々に苛立ちを募らせては心配するリンダに辛く当たっていた。
――――――
そんなある日。ソミナはリンダと共に天の修行を見ていた。
「リンダさん。天さんはどうしてあんなに焦っているのですか?」
リンダは小さな唇を噛みしめる。
「天様は……異世界者と呼ばれる存在でこの世界の人族ではありません。それでもこの世界で生きていかない状況では焦る気持ちもわかります……」
「昨日も怒鳴られていましたよね? そこまでしてリンダさんが彼を信頼する理由がわからないのですが……」
リンダは勝手に溢れ出た涙を流しながら笑った。
「そんなの決まってますよ。天様は私を助けてくれたんです。この世界に来たばかりで何もできない天様が一生懸命私を守ってくれたんです。それ以上の信頼がありますか?」
「そうですか……。本当は優しい方なんですね」
「はいっ。天様は優しくて誰よりも私を想ってくれるんですっ」
リンダは涙を拭って笑顔を見せた。
その日の夜もまた天は剣を振り続ける。負けることを嫌い、努力は裏切らないことを信念とし、明け方までそれは続いた。
――――――
次の日の修行の前にソミナがアメリに近づいた。
「団長……。相談があるのですが」
「何? 言ってごらんなさい?」
ソミナはアメリにある提案をした。アメリはそれを聞いて笑みを浮かべる。
「面白そうじゃない。それ頂くわ。それにしてもソミナ。あなた他人に興味ないんじゃなかったの?」
「リンダさんのためです。どちらにせよ、気づかないまま修行を終えるのも団長の本意ではないはずです」
「そうね……。でもそんな心配しなくてもあの子もそろそろ気づくわよ。ノノの魔術を少しずつだけどかわし始めてきてる。あの子はこの世界の空気を読み取り始めているみたいね。本当に異世界者なのかしらって思うくらいこの世界に愛されてるしね。なんにしても敵にならなくて良かったわ」
「だ、団長。それって……」
「ふふっ……。でも、きっかけは必要だわ。いろいろありがとう。ソミナ」
「い、いえ……」
ノノと向かい合う天。その日も予定通りに修行が始まろうとしていた。余裕を見せるノノの隣にソミナが近づく。
「あれ? どうしたの? ソミナ」
「団長の指示で私も参戦します。つまりは二対一です」
「えーっ? マジで? 随分と厳しいんだね?」
「本気でやれと……」
「ふーん。言われなくても本気でやるけどね。ソミナがいるなら大魔術でもやろうかな。時間稼ぎよろしくーっ」
「わかりました」
一方でアメリは天に近づく。
「天君。今日からは二人同時に相手してもらうからね。あのコンビは強いわよ? ヒューズナイトと同じくらいだと思ってくれてもいいわよ? 頑張ってね?」
剣を握る手には自然に力が入っていた。
――おっちゃんと同じレベル……。やってやる……。いい加減負けるのはうんざりだ……。
人一倍負けることを嫌う天。
それは自身の弱さを認めることのできない焦燥。もっとうまく出来るのではないかという奢り。この世界に来て初めて思い通りになった肉体に対しての自負。
だが、気持ちを奮い立たせながらも天は冷静であった。
剣を抜かなかった。右手は添えたまま。これにはノノの先読みの魔術に対して攻撃のタイミングを計るためだ。これまでは魔術に対して剣でどうにかしようとがむしゃらに振り回していた。だが、近づくことすらできないのであればそれは意味を成さない。無駄に体力を消費するだけで何一つ意味を持たなかった。
根本的に魔術に免疫のない天はそれに気づけなかった。つまりは攻撃できる一瞬だけでも剣を抜ければそれ以外は他のことに集中できると考えた。
ソミナは地の精霊の力で地面を凸凹にする。天の素早さを警戒したその初手はあっさりと天に突破された。
だが、天の相手はソミナだけではない。ノノはそれすらも読んでいた。天の行動パターンを把握し、その凹凸の地面から導き出す道筋に軽めの爆発系の魔術を二、三放つ。それをかろうじてかわした天は後ろに後退した。
「ちっ! 近づけねー……」
「ソミナ。天君は思ったより早いから。生半可な攻撃じゃやられるよ?」
「そうみたいですね。少しみくびっていました」
「私は大魔術の詠唱始めるから足止めよろしくね。ソミナも巻き込まれないようにね?」
「了解……」
ソミナは地の精霊と水の精霊二体同時に出現させた。
それは天にとって予測のできない攻撃が続く。大地には足を取られ、それをかわしたとしても上空からの氷のつぶてが天を襲う。近づけない状況に戦闘は膠着状態となっていた。だが、天は冷静にそれを見極めていた。剣を抜くタイミング。じっとその時を待つ。
「お待たせーっ! ソミナっ。離れて!」
だが、ここでノノは大魔術の詠唱を終えていた。その空間を凄まじい魔力が覆う。天はそれに気づくことはない。だが、自身の鳥肌に何か嫌な予感は覚えていた。
その時だった。
「天様っ!」
リンダが天の前に飛び出し、小さな体で両手を広げる。
「リンダっ! 何やってんだっ!」
「この魔力は異常ですっ! 私が天様をお守りしますっ!」
リンダに気づいたノノは焦りを見せる。
「ちょ、ちょっと! リンダちゃんっ! 危ないって!」
だが、詠唱を終えている大魔術は無情にも発動した。
天の目の前。ちょうどリンダのいる辺りの空間が歪んだと同時にその場所は大爆発を起こした。魔力による高熱と爆風。その勢いは凄まじく、その場所の大地は深くえぐられていた。当然のように天とリンダの姿はそこになかった。
「そ、そんな……」
ノノは肩を落とす。
「急な行動では仕方ありません。あまり気にしない方が……」
ソミナはそっと声をかける。だが、ノノは慌てた様子を隠し切れなかった。
「そ、そんなことわかってるよ! で、でも……」
「そういうことではなくて……。ノノさん。リンダさんの魔力を感じませんか?」
「ん? あ、あれ? そういえば……っ!」
ノノが気づいた時にはすでに手遅れだった。
天はその大爆発が起こる直前に握っていた自らの剣を投げ捨て、リンダを掴んで上空へ飛んだ。何か良くない予感は天を動かし、突然のリンダの登場は天の心に眠る想いを呼び覚ました。
「勝つことに意味はない。生きることに意味があるのだ」それはヒューズナイトが天に答えた言葉だった。天がイナビの森でリンダを助けた理由は実に単純だ。
―――命を守りたい。
ただそれだけ。それが天の行動を突き動かした理由。命を守ることは自らが生きるのと同じ。それを思い出した天は爆発の直前にリンダを掴み、空中へ飛んだ。
だが、普通に跳ねても大爆発をかわすことは不可能だった。しかし、天の持っている天運がそれを見事に可能にした。ソミナによって凸凹にされた大地は上手い具合に階段状と化していた。それを凄い勢いで駆け上がった。そして、大爆発の真上に来た時に吹いた爆風は天を大空へ導いた。
投げ捨てた剣が両足の裏へ吸い付くようにくっついてそのまま大空へ飛んだのだ。
天ならではのその天運は二人を大魔術の爆発から逃れさせた。
「もらったーっ!」
天は上空からノノめがけて手を差し出した。
見事にノノの背中に天の手が触れる。近づくことも触れることもできずにいた天は初めてノノに触れることができた。
だが、大空から降りてきた勢いは天にですら予想のつかない事態を招いた。
背中に触れたまでは良い。しかしながら、勢いが止まらずに背中から腰。ノノの短パンをそのまま足元までずり下げた。当然のようにノノの下着があらわになった。
天の目の前にはノノのお尻。プリっとした形の良いお尻があった。
「ごごご、ごめん……」
天は短パンから手を離し、目を背ける。涼し気な下半身をノノはちらりと確認し。
「い、い、い……嫌―――――っ!」
青ざめて叫ぶノノの声は大地を揺らした。その場でへたり込むノノは泣き始める。
「うっ……ううっ……もうお嫁にいけない……ううっ……」
「な、中身を見られた訳ではありませんので……」
へたり込んで泣き続けるノノをソミナが優しく慰めていた。
天は握っていたリンダを顔に近づける。
「大丈夫か? リンダ」
「…………ううっ……天様のバカ―っ! うえーんっ」
「な、泣くなよ……。悪かったよ……でもさ。お前が来てくれなかったら何もできなかったと思う。な、なんかごめんな?」
「だって……ひっく。そ、天様を守らなきゃって……ひっく」
「そっか……。ありがとうな? お、俺はお前のことずっと守ってやるからな……」
顔を赤くし、鼻をかく天。リンダは天の首元に抱きつき、大粒の涙を流し続けていた。
――――――
その日の夕食。
「天様。これも召し上がってください。美味しいですか?」
「あぁ。リンダも食えよ。美味いぞ?」
「はい……」
アメリはそのほほえましい光景に笑顔を見せ、ゆっくりと口を開いた。
「天君。そろそろ気づいてくれたかしら?」
「あぁ……。気づいたというか体が勝手に反応しやがる。お姉さんの言ってた命を込めるってこういうことなんだな」
「そうね。体が勝手に反応するのは良いことだわ……。あっちもね?」
「…………ん? って! へ、変な言い方しないでくれよっ」
「…………? 天様。何を気づかれたのですか?」
「ん? あー……。なんて言ったらいいんだ。俺に魔力はないだろ?」
「はい」
「俺は魔術に対して何もできないと勝手に思い込んでいた。はなから魔術に勝てないと決めつけていたんだ。だから……。その……なんだ? あれだよ。あれ!」
「あれですか? あれ……とは?」
その話を聞いていたソミナが口を開いた。
「説明が下手すぎますよ」
「う、うるせーよ!」
「リンダさん。要するに天さんは自らの命を魔力と同等のものに変えたんですよ。つまりはリンダさんを守るために天さんは命を込めた。その結果が―――」
「私のパンツを見たってか? ん? んん?」
やさぐれて酔っぱらったノノが絡んでくる。
「おい! 天っ! 私の恥ずかしい姿を見たんだから責任取れっ!」
「せ、責任って……。あ、あれは事故だろっ!」
「うるさいっ! 女のパンツをナメるな!」
「あーあ。ノノったら悪い酒ね? こっち来なさい。まったく……」
アメリはノノを連れてその場を離れた。ソミナは咳ばらいを一つ。
「―――コホン。その結果が天さんさえ知らない幸運を呼び込んでいたのです」
「わ、私を守るために天様が魔力のようなものを発動したのですか?」
「これはあくまでも憶測です。幸運と呼ばれるものはほとんどが偶然起こりえるものです。ですが、天さんはその幸運を自ら呼び寄せてるとしか説明がつきません。それは魔力でも説明はつけられないでしょう。団長から聞きました。リンダさんとの出会いやヒューズナイト様との出会いも。その時に天さんがしたことを聞けばそうとしか思えなかったので……」
「お、俺はわかんねーよ。ただ生きたいと思ってただけだ」
「あなたが共に生きたいと願ったからこそリンダさんもここにいるのではないですか?」
「そ、それは……。こ、こいつは大事なやつだからな……」
「キャーっ! 天様っ!」
リンダは天の首元にギュッと抱きつく。ソミナは立ち上がる。
「そのままで良いのですよ。あなた方の信頼は魔力以上のものを生み出した。ただそれだけの話です……」
ソミナはその場を後にした。
――――――
その夜も天は剣を振ることを止めなかった。だが、その日は悔しくて振っていた訳ではなかった。今日の修行にどこか物足りなさを感じつつも、あの一瞬で体が勝手に反応した余韻が天の心を昂らせていた。そして、顔つきはいつものように凶暴な表情を崩さなかった。
「天様……。素敵です……」
小石に腰を下ろし、その様子を見つめるリンダはうっとりと見惚れていた。
真っ直ぐな瞳。荒い息遣い。何よりもその狂気に満ち、凶暴な表情は天の心の昂りを如実に表していた。
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