第5話 めんどくさいペット。
エリアAから輸入された食べ物が配給された。担当持ちは自分の食べ物から飼っている奇形児への分配が決まっていた。優遇される分、自分の貴重な食べ物やカシラから配給されるものの取り分が減るため、自分から係りに立候補するものは居ない。現に俺だって押し付けられたようなものだった。
「……残してる、」
昨日の夜に差し入れたスープの缶と、小振りのリンゴが皿の上に残っていた。
「食べられないっていっつも言ってる」
低い声で不機嫌に告げる。献血の時とは違う様子と見て取れる。ドラッグが抜けてるときは決まってこの調子。いい加減にして欲しい気もするが、対象の幸福度に左右される飼育係なんてどこにも居ない。
「食えって」
無理やりリンゴをサツキの口元に押し付ける。嫌がる素振りはもちろんで、顔を背けて腕を強く掴んでいる。小さく縮こまるその姿は、どこか怯えたようにも見えた。
けれどここで俺が引いては意味が無い。強い口調で「食べなきゃ困る」と言うと、その伏せた顔を上げサツキにしては珍しく怒りを含んだ感情で「知ったこっちゃないよ」と怒鳴った。怯んだ俺は思わず後ずさると、場違いにヘラッと口元に笑みをこぼした。
「合成血液でいいから、それかクスリ。それもダメなら栄養剤でもいい」
強めに呼び止めると、視線を泳がす。何もないはずの空中をさまよった眼球は、俺の斜め後ろに定めたまま「殺さないで。死にたくない」と何かに怯えだした。
両手でサツキの頭を固定して、無理やり自分と視線を合わせる。やっと我に返ったサツキは上の空から帰ってきたことを確認した。安堵も出来やしないけれど、取り乱されるよりはマシだった。
「……生きるためには、何かを食わなきゃダメなんだ」
失くした部品のかわりを俺が補っているに過ぎない。サツキは完全に壊れていた。ずいぶん前から、ネジのとんだカラクリだった。
「餓死されちゃ困るんだよ」
「どうせ吐いちゃうから無理。……もったいないだろ、」
それなのに、期待してしまっていた俺の方がおかしな話。
「栄養剤って言っても点滴は生理食塩水しかない」
点滴液の液体をカップに取り出し満たした。簡易ガスコンロでカップの液体を暖める。沸騰する前にカップを避けた。
自分の手首にナイフで一本線を入れると、脊髄から冷たいモノが走った時と似た痛みを覚える。切り口から垂れる赤色を、しょっぱい透明な液体の入ったカップに何十滴も落とし込んだ。
「薄そう」
不満げにサツキが愚痴るから「文句言うな」と征した。
鮮血よりは薄い赤色に染まった液体をサツキの手に持たせる。飲み終わる前に、違うカップに同じ工程でもう一カップぶん作った。
「なんて言うか、白湯だよね」
二杯目のカップに口を付けながら、サツキはそんな事を言った。
「さゆ? ってなに、」
「温めただけの水ってこと」
「それ、俺に対して失礼でしょ」
文句を聞かなかった事には、サツキの残したリンゴをかじる。酸味のある果実が舌にピリッと刺激を残した。
「おいしいの?」
カップの中身は残り半分で、それでも大切そうに両手で持つサツキはどこか幼子の様でもあった。
「おいしいよ。サツキが飲んでるそれよりはずっと」
食わず嫌いをしているから、ちょっとだけ意地悪を言ってやった。わかりやすくむくれてサツキは片手をカップから手放した。サツキの瞬間的な行動になす術もなく、俺の口にサツキの唇が振れる。薄い血の味がしたかと思うと、飲み込み損ねたリンゴを舌でもぎ取られた。
「ねばっこい、」
唇を放してすぐにサツキはそんな事を言った。
「でも、甘い」
少し動いただけでも貧血気味で少し頭がクラッとする。ぼんやりとサツキの味覚は死んでいる訳では無いのだと理解する自分がいた。
「じゃあ食べる?」
甘いはおいしいと同義だと思い、リンゴを差し出したが「いらないよ」と簡単に断られた。カップの残りを一気飲みしてサツキはすぐに寝台へ横になる。――この生活を受け入れているサツキの気持ちはいつまでたっても分からなかった。無論、分かろうとする努力はしていない。それ以上へ踏み込む勇気も気力も今の俺には無かった。
(続く)
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