第4話 嫌いな知り合い。
エリアAからはギークの兄、通称アニキが統制している食品製造ラインがある。アニキはカシラの実兄で、プログラムを編む事が得意とするカシラとは相性が良かった。おかげで食糧に困った事は少ない。
戦争好きのカシラと違い、アニキはライン製造を行う機械人形の整備と、滅びかかっている機器の延命が優先事項だった。食糧自給ができるエリアは少ないため、エリアAは狙われがちだったが、改造機械を兵器として使用できるカシラは最強にして最愛の砦であった。……もっとも、血族の結束がどれほど色濃く反映されるものなのか、故郷だったエリアEを殲滅された俺に知る由もない。
「本当はゲロまず鉄味スープよか、固形栄養素剤齧ってる方がマシだわ」
「そう言うんだったら列に並ぶなよ、取り分が減るだろう」
「しぁねぇじゃん、空腹には勝てねぇし。なにより、養剤は電子ウォンエンで三千だぞ。飯なんかでそんな大金溶かしてられっかよ」
「じゃあ文句言うなよ。エリアA様サマって手を合わせろし」
「あぁ、これだからエセ宗教人は嫌いなんだ」
周りからぼんやりと雑談を拾う。エリアAにあるライン工場は要塞都市のように蒸気のパイプと有機物酵素が詰まった栄養価が高い液体がふんだんに流れるように設計しているらしい。すべて機械人形が取り仕切る生産ラインは、機械にとっては必要もない〝食べ物〟というものであるが故に、味の観点からすると最低な仕上がりを見せる時があった。
オンライン通知がテキストを含んで表示される。
〝ハイキュウ、ハイキュウ、ハイキュウ、液体スープ缶、生リンゴ、栄養ショートブレッド、生理食塩水、その他タブレット〟
発信元である、食糧当番の丸っこいガシェットをしたオートドールの下へ向かう。野外テントみたいな蚊帳には十数人の列になっていた。週二回の頻度とはいえ、習慣付くまで食料がゼロを記録した日もあった。なんせカレンダーという機能や文化が衰退してしまったから、配給日を間違えると食べる物が無くなってしまうのだから。
「よう、檻係。同じ檻係のよしみで一杯やらねぇか」
配給を待つ何人かに紛れて、聞こえたのは男の声。エリアBで檻係とつくのは、サツキを担当している俺とフミヅキを担当しているラインハルトだけだった。
「アルコールは勘弁。前にもそう言っただろ」
俺がそう言ったのにもかかわらず、ラインハルトは軽くカップを俺に向ける。ステンレスのひしゃげたカップの中には、ツンッとした香りがする消毒液色の液体。アルコールを飲むという習慣がない以上、この液体はランプの明かりか薪の火種だった。
「身長なんか今更伸びるわけねぇだろ。おチビさん」
なにかと付けて目の敵にしてくる理由がわからなかった。遺伝子学的に決まった事しか気にしないご時世の割には、身体の差という酷い悪口を言うのがラインハルトの嫌いなところだった。
「別に身長が問題なんかじゃない。その一杯をカシラに献上してコネてた方が人生的にマシだって言いたいだけ」
「相変わらずつれない奴だな」
素性が知らないのはこのエリアの住人にはありがちな事だから、きっとカシラの趣味で人選をしているに違いない。そもそもカシラは認証コードのデータをあまりにも信頼しているから、個性や体格差には興味が無い話。遺伝子学的な面で気に入られてしまったのなら、それを悪口として言うこいつはただのクズだった。
「それで、呼び止めたからには何か理由があるんだろう」
「あぁ、ウチの奇形が変な事を言いだしてな」
タイムリーな話題に「どんな」とツッコミを入れた。少しでも飼っている生き物について知りたいと常々思っていた。ラインハルトの管理しているフミヅキと違って、サツキは自分からは多くを語らない。珍しい症例だったら覚えといても損はないだろう。
「もうすぐみんなに会えるって。あんたのところの奇形はなんか喋っていないのか?」
「サツキは幻想大好きっ子だから、現実なんてとうの昔に捨ててるよ」
「余程ドラッグがお気に入りの様なんだな」
お気に入りというよりはもうそれが無いと生きていけないレベルにも思えた。
「薬の作用は攪拌機に掛ければ血中から分解する。問題ではないんだけど、なにぶん精神衛生と見た目が酷い」
「ハハ、見た目の通り。カラス並に脳味噌縮んでるんじゃねぇのか」
「それは言えてるかも」
「そもそもこいつらを飼育していたあの工場みたいな施設って地下帝都からピストン輸送されてきた物品なんだろ? 奇形児自身が養殖箱って呼んでるくらいなんだからご察しだよな」
養殖箱という事は繁殖箱もあるに違いない。前にカシラが地下帝都の連中が飼育した奇形児のおこぼれを地上民が奪い合っているに過ぎないと言っていた事を思い出す。地下帝都だってさほど多くない人口のクセに、金持ちだけが集まって造り上げた人類保存施設故に、素晴らしい技術であふれているに違いなかった。
「詳しくは、俺も知らないけど。でもサツキは施設について多く語らない」
「ウチのはお喋りだった」
「だった、? 過去形なのか」
「エリアSと抗争することになったのは、ウチのがカシラに垂れこんだのが原因だ。エリアSにも数体の奇形が居て、あっちにもアニキとカシラ、ウチみたいなギークとクラッカーが居るらしい」
「サツキはそんなこと一言も言っていないけど」
もっともサツキは同種の話やエリアの事を積極的にするタイプでもない。ただ生きていければそれで満足らしい。
「杜撰なソースも、カシラがあっちの機械をハックしたので証明されたらしい」
「なるほど。そうなると争うより交渉した方が、」
「言うまでもないだろうね」
「そっか」
仮想空間ではすでに抗争の火蓋は切って落とされているのだろう。
「安全牌は投げ打ってこそだろ。塩漬けは腐らせる、そんなもんだろ」
「外国のテーブルゲームは分からない、たとえ話は分かりやすく言ってよ」
あきれたような溜息をついて、両手を軽くもちあげる。そうやって小バカにする態度に俺はイラッとした。けれどラインハルトよりもモノを知らない自分が悪いので、なにも言わなかった。
(続く)
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