第3話 お遣いと換金。
そう大きくないビンを抱えて、カシラの待つ本拠地へと向かう。来る途中で殺した犬を拾って土産にする。生肉なんて食っているところがバレたら半殺しに会うに決まっている。ボッコボコにされるよりは、鉄臭い缶スープをすすっている方がマシだった。
アジトの近くにはドラム缶で作った焚き木が狼煙のように上がっている。カシラの仲間が暖を取りつつ、食料と金について生産性の無い議論をしていた。どうせまたエリアSとの抗争についてに違いない。ここ最近はずっと隣の残党と放射濃度規制のために住人退却済みの倉庫地帯を巡って競っているようだった。きっとカシラもエリアSの連中よりも先に食糧庫を占拠するためになにかすごい事、たとえば賄賂とか爆撃とか虐殺とかをするのだろう。……そうやって、俺の住んでいたエリアEを壊滅させた張本人なのだから。
廃屋を改造した、要塞のようなバリケードの隙間を潜っていく。蒸気を扱う工場のようなパイプの這った袋小路の奥地には暖簾のようなぼろ布が掛かっている。鉄板みたいな床と壁に覆われた部屋なクセに、カーテンのように垂れ下がった犬の皮で出来た布。不釣り合いなそれを潜ったその向こうに、カシラと跪いたお付の女が待っていた。
「カシラ、瓶一本分は取れなかったです」
電子通貨でゼロが五つ付くタイプの商品だから、カシラの手近にあるテーブルへ。サツキから採取した結晶液みたいな黄色い液体を出荷箱に入れた。候補検体の瓶にはすでにラベルが貼ってあるが、サツキは純正のため何も貼らない決まりだった。
「めずらしい。ケージによくなついている個体だろう?」
いい知らせじゃない事を伝えるのはいつもしんどい。それもサツキはどんどん弱っている。そんな俺の気持ちなんてつゆ知らず、カシラは膠色の古い椅子にふんぞり返って座っていた。
「……その呼び方、やめて貰っていいですか」
「檻係がなんか言ってるよ」
ゲラゲラと笑っているカシラにそれ以上の文句は言えなかった。
「せいぜいあの有翼種から搾り取れるだけ搾り取るんだな。アレが枯れれば係りのお前も用済みだ」
檻の中で飼われるか、檻の錠前になるか。どっちがマシかなんて今更わからない。結局はカシラに飼われている事になるのだろうから。
「わかっています」
酷い現実を甘んじて受け入れる。ここに居れば喰いっぱぐれることは無い。酵素を作れないヒトがいる限り、奇形の子たちは俺達の食い物にされる。それだけの事だった。
「あぁ、でも。お前は将来いい女になりそうだ。最悪、食い物として手元においてやってもいいかな」
「ご冗談を」
あぁ、殺してしまいたい、なんて。そうじゃなくても古来から俺達は男という生き物に食われるために生きているのだ。
「……それでは、俺は失礼します」
成熟しない体を好むタイプの人種じゃなくてよかったと心から安堵する。すくなくともカシラにそういう性癖は無かったし、言う事さえ聞いていれば悪いようならなかった。
簡単に病気や栄養失調で死んでいく中、カシラの三下どもは性欲よりも食欲が旺盛だったのだ。繁殖のことしか考えられないヒトはどうしても好きになれなかった。仲間と呼べない仲間の横をすり抜けるように頭をかがめて歩く。最低で最悪なんて、今に始まったことではない。気に悩むだけ無駄だった。
(続く)
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