■第一章: Dosver

第1話 吐き気と朝。

■第一章: Dosver


 髪留めだったモノが転がった。メッキ処理の剥げた破片が散らばる。念入りに掃除をしても取れやしない古い汚れた床には、自分よりも前に住んでいたヒトの痕跡がこびりついていた。

「形見だったのに」

 経年劣化には耐えられない。形あるものはいずれ壊れてしまう。カシラによって殺された母の形見も、無くなってしまえば味気ない。自分がとてつもなく薄情なのか、それとも置かれている現状が両親の死よりも劣悪なのか、涙すら出なかった。

 伸び放題の赤毛をヒモで適当に結わえて毛羽立った帽子の中に隠した。フードに化繊の毛皮が付いた軍用のコートを羽織る。髪の毛でほんの少し浮いた帽子のツバを押さえつけ、下がった外気に白い息を吐き出した。

「待ってろ、サツキ」

 どうせ待ってはくれていないだろうが。言葉にすれば覚悟も決まると思ったから、唇に乗せたんだ。

 トタン屋根の簡素なバラックを後にする。エリアBは既に一般市民は退去済み。……なんて、一般市民と呼ばれる連中がどれだけ生き残っているのかは定かじゃない。すでにテレビジョンに流れる動画という技術は機械人形に移行していた。ヒトがプログラムしたのにかかわらず、機械による機械だけの文化になりつつあったのだ。

雪が降り続け、暗い雲から白い欠片が零れ落ちる。ひらひら、それは花びらのように。アスファルトに絨毯を引いていく。

 春を忘れてしまってからもう五十年は経っているらしい。俺が産まれた時にはもうすでに雪の季節しか知らないので、四季というものがイマイチどういうものなのかは定かじゃない。なにより、四季を知っている世代の人口が五分の四も減っていた。自分たちの世代だって地球上に二億も居ないらしい。

 汚染された世界では進化分岐を間違えた奇形児が産まれるようになっていた。最近流行りの薬では、ガン細胞を治すために奇形児の生き血が必要らしい。ただでさえもオゾン層が減ったこの地球に差し込む直射日光で、紫外線による皮膚ガンの進行が著しいのだ。

 議会も満場一致で奇形児を神の子と祭り上げ、献血を義務付けた。実際に運用されるようになったのは、ちょうど俺が産まれた年からだった。急を要するためか、現在のように養殖的施行をするようになるまでそう長くは掛からなかった。


(続く)

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