第20話 はじまりとおわり
翌日、北斗のことは気になりつつ、私は仕事へ向かう。今日は、先日言われた問題点を修正した資料を、課長に見せる予定なのだ。
「課長」
「ん?」
「この間の企画、修正したので確認していただけますか?」
「おう」
課長は私が渡した資料に目を落とす。そこには、他府県で同じように実地された星空を見ることを主とした企画についてまとめたものがあった。
離島であるこの島とは条件は違うかもしれない。でも、それだけを目当てに観光客が来る、ということを裏付ける根拠になると思う。
それから、村にあるホテルと民宿。あわせて九件のそれらの施設に、146人が宿泊できることがわかった。あとは各所に手回しをして入ってきた予約を均等に振り分ければいい。
ただ、問題は……。
「この企画、本当に昨年度比200%にもっていけるのか?」
「それ、は……」
正直なところ、昨年1年間の観光客数の2倍、というのは無理だと思う。ただ、これを足がかりに来年、再来年と回を増すごとに人気になると私はそう思った。だけど、それを課長が、部長が納得してくれるかは――。
「まあ、よくて昨年の同時期の200%ってとこか」
「……はい」
「まあ、でもなー。日数的にそんなもんだよな」
「え……?」
「最初から出してきた条件が悪いってことだよ」
課長の言葉の意味が理解できない。それはつまり、最初から達成させるつもりがなかったという……? もともと、観光課はなくなることを前提とされた条件だったということ……?
「そんなの……!」
「よし、とりあえずこの企画を進めていけ」
「え……?」
「これ、島の民宿やホテルの空き状況と連動させなきゃいけないだろ? どこか間に業者入れて、宣伝と管理を任せる。七瀬は、パンフレットとあと実地場所の確認。それから……」
「か、課長……?」
「ん?」
話を進めていく課長を、私は思わず止めた。だって、こんなこと進めたってどうせなくすつもりだったら、無駄なんじゃあ……?
でも、そんな私に課長はニッと口角を上げて笑った。
「上のことは俺がなんとか説得するから気にするな。七瀬はこの企画を成功させることだけ考えておけ」
「課長……」
「今月中には宣伝をまかないと、せっかく企画を立てたのにもうすでに夏休みの予定を立て終わってました、なんてことになりえるぞ」
「は、はい!」
私は課長に頭を下げると、自分の席へと戻った。周りにいる同僚たちがよかったね、というように微笑んでくれて、私も思わず笑顔になる。
頑張ろう。頑張りたい。背中を押してくれた課長の顔を潰さないためにも、何よりこの島をもっとたくさんの人に好きになってもらえるように頑張ろう!
その日から、商工課も巻き込んでの一大プロジェクトが急ピッチで進められた。
夕方、仕事が終わった私は北斗と一緒に家への帰り道を歩いていた。
他愛のない話の合間に、北斗の顔を盗み見る。
特に、かわりはなさそうだ。
ホッと小さく息を吐く。
それにしてもなんだったんだろう……。
「どうした?」
「う、ううん。……今日の晩ごはん何にしようかなって思って」
「んー冷蔵庫に玉ねぎとひき肉があったからハンバーグかな」
そう言いながら北斗は、自然に私の手を取る。
ドキドキと大きな音を立てる心臓に気付かれないように、私は口を開く。
「いいね、ハンバーグ! おじいちゃんは和風にしてあげようかな」
「ふっ……そうだな。そういえば、あの企画うまくいきそうなんだって?」
「うん! みんなが協力してくれて……さっそくツアーとして載せてもらうための業者も見つけたって課長が言ってた」
「よかったな」
「うん!」
優しく微笑みながら見つめる北斗の視線があまりにも熱くて、私は思わず視線をそらしてしまう。そんな私の不自然さなんてお見通しとでもいうかのように北斗はおかしそうに笑った。
そんな笑顔にまたドキッとなってしまう。
北斗はズルい。
何でもない顔をして、いつだって私のことをこんなにドキドキさせるんだから……。
「顔赤い」
「うるさい!」
「そんな怒るなよ」
怒るなよと言いながらも、北斗の声が笑っている気がする。
私は繋がれていた手を離すと、駆け出した。
「お、おい」
「家まで競争! 負けた方が買った方の言うこと一つだけ聞くのね!」
北斗に伝えると私は走り出した。
「ただいま!」
ガラガラと音を立ててドアを開けると、私は上がってしまった息を整えるために玄関へと座り込んだ。
床が冷たくて気持ちいい。
「何やってんだよ」
「だって、気持ちいいんだもん」
「そんなことする暇あったらクーラーつければいいのに」
「わかってますー」
私の態度に北斗は笑った。
北斗の笑顔が嬉しくて私も笑う。
「……あれ?」
だから、家の中が妙に静かなのに気付いたのは――少し経ってからだった、
いつも通りの我が家なはずなのに、何故か、どこか、違和感。
何が……。
「おじいちゃん……?」
私はいるはずの、おじいちゃんを呼んだ。
けれど、返事は聞こえてこない。
「おじいちゃん!」
靴はあるのだから、どこかに行ってしまったわけじゃない。
「おいじちゃんどこ?」
ふいに、おじいちゃんの部屋のドアが目に入った。
昨日の夜と同じように――閉まったままのドアが。
「……おじいちゃん……?」
ドアを開けると……おじいちゃんは、眠っていた。
「あ……なんだ、寝てたんだ……」
ただいま、と伝えようと、私は部屋へと足を踏み入れる。
そこは――空気が違っていた。
「おじいちゃ……」
引き寄せられるようにして私は、眠るおじいちゃんに、触れた。
「っ……!」
おじいちゃんは、冷たかった。
今まで触れたどんなものよりも、ひんやりと、冷たかった。
……ううん、知っている。
私は、この冷たさを知っている。
あのとき、お父さんと、お母さんが死んだあのときと同じ――。
「明莉……?」
「ほく、と……」
私の様子がおかしい事に気付いた北斗が、おじいちゃんの部屋へとやってくる。
そして、北斗も気付いた。
おじいちゃんが、死んでいることに。
「ほく、と……」
どうしよう。
「おじ、おじいちゃ……」
一人に、なってしまった。
「おじいちゃあああああああ!!!!!」
冷たくなって、動かないおじいちゃんの身体の上で私は、声が枯れるまで、泣き続けた。
そんな私をあざ笑うかのように、空には死兆星が輝いていた。
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