第3話 潜入

 部室棟に入り、階段を上る。合流した依頼主についていくキリを見上げて、ガクトは少し短いスカートに視線を落とした。

 依頼主の妹から借りた制服。キリには少し小さいらしく、首筋が少し窮屈そうだった。そしてスカートの裾を抑えて階段を上っている。白い太ももがちらりと覗いていた。

 ガクトはぴょんと下りてキリを見上げる。ガクトが想像したよりもスカートの影が濃くなり、その奥は決して見えなかった。下着を守るように尻尾がきらりと光る。

「何やってるの? ガっくん」

 数段上のキリが踊り場を回ると同時に、ガクトを見下ろす。覗こうとしたことがばれたのかとガクトは足を止める。そのまま一歩踏み出して踏みつけてきそうなキリの表情に、彼は震えた。

「ここは学校なんだからあんまり変なことしてると追い出されちゃうよ」

 キリは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべてから、階段を上がり始める。ガクトも頬の汗をぬぐいながらぴょんと上った。

 階段を上りきると、自販機がぽつりと置かれている。左に目を向けると、一本廊下が通っており、左右に扉がいくつか並んでいる。その先には階段の手すりと小さな窓があった。

「文芸部の部室は一番奥の右側です。その向こうには階段があるんです。自販機はこっちだけですけどね」

 つまりこの部室等は西から東に延びた長方形の建物だ。その両端には階段があり、廊下が一本通っている。いくつかの部室がその廊下から左右に繋がっているのだ。

 今ガクトたちがいる西側の階段だけが無機質な対称性を壊している。

「そういえばガッくん、前、対称の建物は回転を疑えっていってたよね」

 頭の中に見取り図を描いたのか、キリが少し興奮気味に言ってきた。ガクトは「正確には点対称でしたら」と首を振る。

「今回は長方形だから線対称ですし、なによりもその建物内に依頼人がいるので、さすがに回転したら気づくでしょう?」

 ガクトの指摘にキリの顔が赤くなる。「い、言ってみただけだし~」と音になっていない口笛を吹きだす。

 ガクトはくるりと回って廊下を見つめた。その先にある窓に目を細める。

「一本道で、扉も同じようなものが並んでいるから部屋を誤認とかの方が現実的では?」

 各部室にはネームプレートがかかっている。ガクトは手前の扉をちらりと見る。「手芸部」と「情報研究部」が向かい合うように、掛けられていた。

「なるほど。買いに行っている間に先輩ちゃんがネームプレートを代えたら分からないかも。同じような扉だし、私だったら間違える」

「まぁ、彼は間違えないでしょうし。それに扉は開けないといけないから気づかないっていうのもおかしいですね」

 あとで確認するけれどとガクトは前置きしてから「軋むんでしたよね」と確認する。依頼主は大きくうなづいた。

 いつも部室で過ごしている依頼主がそんな単純ミスをするとは思えない。

 賛同を拒絶されてむくれるキリを眺めながらガクトはふうむと息をこぼす。頬を膨らませる女狐に笑いかけた。

「ところで、この自販機は向こう側にはないんでしたっけ?」

 またガクトは自販機に向き直る。ペットボトルのミネラルウォーターから缶の炭酸飲料。期間限定商品や少し安いランダム缶もあった。ICカードも対応している至って普通の自動販売機だ。

「そうなんですよ。こっち側にしかなくて、文芸部室と演劇部が一番遠いんですよね」

 文芸部の正面にあるという部活の名前を挙げながら依頼主が答えた。なるほどとうなづいたガクトはキリにゴミ箱を出すように指示する。

 壁に背を付けた自販機。その隣には赤いゴミ箱が置かれていた。角の隙間を埋めるように二つある。キリはまず缶専用をがさごそと引っ張り出し、ペットボトル専用をひっくり返した。にゃわーと叫んで彼女は転ぶ。ほとんどのペットボトルにはふたがしてあり、軽い音が響いた。

 キリのどじっこ姿を目に焼き付けてから、ガクトはゴミ箱が置いてあったスペースに入り、自販機の裏をのぞき込む。

「ギリギリ入れそうなスペースですね」

「入らないでよ。ほこりとかすごそうだから」

 キリの言葉にガクトはうなづいて、体を引く。裏側にはコードとゴミしかなかった。当然、最近動かした形跡などもない。

 キリがゴミ箱を戻すのを待って、三人は部室に向かう。廊下の一番奥。演劇部の正面にある文芸部室だ。

 扉の「文芸部」プレートを見てから依頼主が扉を開ける。ぎいぃと嫌な金属音にキリが耳を抑えた。

「あら、見慣れない顔。こんにちは」

 パイプ椅子に腰かける女子生徒が、うっすらと笑みを浮かべて、ガクト、キリを迎え入れた。

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