第4話 事件現場
おおよそ六畳ほどの部屋で、先輩がぴょんと立ち上がった。ぐるりと机を回って、壁に立てかけられた椅子を広げる。奥に一脚と、手前に一脚を置いてよしと彼女はくるりと回った。
「この部屋狭いから、普段は立てかけているのです」
先輩はえっへんと腰に手を当てた。主張強めな彼女の胸を目に焼き付けてからガクトは部室を眺める。真ん中の長机、その長辺を囲うように椅子が四脚置かれていた。
「にしても流石にこれは詐欺よね」
さっとチラシを取り出した先輩はガクトと見比べて、ぽつりと呟く。ちょっと前に駅前で配っていた紙にはキリが書いたガクトたちが描かれていた。少し脚色してかっこよく、かわいく書かれている人間が並んでいる。
「イラストはイケメンだけど、本物はこんなにもかわいい」
先輩はガクトの顔をつかんで、ぐにぐにともみしだく。その後に手を取り、ぶんぶん振った。確かにアグレッシブだとガクトは顔をなでつけた。
隣でくすくす笑っているキリにも先輩の手が迫る。銀色の耳をさわさわと触り「やっぱり詐欺だよ。こんな素敵なものちゃんと描かないと」と先輩は早口で言う。キリは「ホワーッ!」と悲鳴を上げていた。
そもそも実際とは違う姿を書いたせいだと思いながら、ガクトは部室に入った。
入り口と窓がある辺を除いて本棚が並んでいる。どうしても狭い部屋では圧迫感を感じてしまう。椅子をしまっているのも納得だ。
キリは体をこすりながら机の奥に回る。恐々と椅子を引き、座った。椅子が揺れ、体ががたりと傾く。
「あ、痛っ」
軽い音とともに彼女は頭を押さえる。少しだけ乱暴にさすって、涙目を上げた。
特に部屋の奥、角で出っ張る柱がその窮屈さを強調していた。よろけたキリが頭をぶつけた場所だ。
「角部屋だからね。いや損な場所だよ、ここは」
先輩の言葉を聞きながらガクトは柱を撫でる。
「にしても随分軽い音でしたね」
「私の頭が空っぽって言いたいんですか?」
ガクトの軽口にキリの口調が尖る。ガクトは机を回り、窓の外を見た。
「部室等にはベランダがないよ。あったとしても直射日光はきついよ」
ガクトは苦笑する。先輩の言葉通り外にベランダはなく、木も一階の高さまでしかなかった。横には配水管が通っている。ぶら下がってやり過ごすのもできそうだが、プラスチックのような管でやりすごすのは先輩には厳しいだろう。
ガクトは窓から視線を外して、そのままくるりと先輩に向き直り、口を開く。
「やっぱりわざとやってるんですね」
先輩は笑みを深くして、顎を上げる。足を組み直して、少しだけ身を乗り出す。
「そうだよ。だってね」
先輩はちらりと隣に座る依頼主を見る。不服そうな表情をしている彼にさっと笑いかけてから、ガクトと向き直った。
その表情は柔らかく、少し照れるような、けれど楽しんでいるような色をしていた。
「なかなかからかいがいのある子だからね」
彼女の言葉に依頼主は「先輩」と叫ぶ。からからと笑って流す先輩。飛び交う言葉ほど緊迫した空気ではなく、信頼しあうような気配があった。
ガクトはゆっくりとキリを見つめる。彼女も察しているのか、柔らかく二人を見守っていた。
ガクトは小さく咳ばらいをして、依頼主に向き直る。彼も急に恥ずかしくなったのか、姿勢を正して、ガクトに向き直った。
「ちなみに、他の部室に入ったことはある? 例えば演劇部とか。この下の階とか」
先輩が「下はワンダーフォーゲル部だね」と注釈を入れる。少しだけ声は弾んでおり、話の成り行きを楽しみにしているようだった。
依頼主は静かに首を振る。
「演劇部には毎年文化祭は脚本を提供するので、そのうち通うと思いますけど。再来週ぐらいから」
先輩をうかがいながら話す依頼主。なるほどとガクトはうなづいて、再度先輩と向き直った。
「じゃあ、答え合わせ代わりの質問をいいですか?」
「さっきのは質問じゃなかったとでもいいたげだね。どうぞ」
からからと笑った先輩にガクトは頭を下げる。そしてゆっくりと口を開いた。
「この消失は期間限定ですか?」
ガクトの言葉に先輩はにっこりと笑う。そして声を弾ませて、答えた。
「ご名答」
ガクトは部室を出て、廊下へと向かった。追いかけてきたキリと並んで階段を下りる。
「結局何がわかったの?」
不服そうに頬を膨らませる彼女。部室に置いてきた依頼主と同じ表情に、ガクトは軽く笑った。
「さっきも言った通りです。『いずれ分かります』」
依頼主に向けた言葉をくりかえす。キリはむくれて、スカートの下でばっさばっさと尾を振る音が立った。
その姿にまた笑ったガクトは踊り場で立ち止まり、メモ帳をのぞき込む。
・現場はほぼ線対称の部室棟、だいたい一分ほどで先輩が文芸部室から消え、一分ほどで文芸部室に現れた。消えていた時間は一時間ほど。
・部室の扉は開閉に大きな音がする。また窓の外にはベランダはなく、あるのは配水管だけ。
・文芸部室は六畳ほどの部屋。扉と窓がない壁には本棚が並んでおり、真ん中には長机が置かれている。また柱が飛び出している。
・先輩消失は先輩の意思で行った。同時にこのトリックは期間限定のもの。
簡潔にまとめられた内容。キリものぞき込むが、頭の耳は垂れたままだ。
ガクトはからからと笑って、階段をまた下り始めた。慌てて追うキリ。
「にしても二人きりで部活なんて、羨ましいですね」
ガクトは二階に下りてからぽつりと呟く。遠くに向けられた目には届かないものに憧れるガクトの思いが揺れていた。
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