第57話 祭りの終焉と各プレーヤーの勝敗(六)
風蓮本社ビルは国で一番高いビルだ。雨の日から一週間後、十条は風蓮本社のを重役室にいた。大きな重役室にある窓からは、風蓮五紀市の町並みが一望できた。
大きな窓を背に、巨大なデスクに小柄な灰色の和服を着た男が座っていた。男はある程度の年齢に達しているのか、髪に白いものが混じり、柔和な顔の目元には、皺ができていた。
十条の目の前にいる人物こそ風蓮の取締役の一人、東友康だ
「どうかね。十条君。ネロ君は」
「素手で武装した四人を捕らえる。車の運転も得意だ。目も鼻も利く。情報収集能力も、元警官のせいか、即戦力クラス。申し分ないですよ」
「適性は、どう思うかね」
適性について聞かれた十条はハッキリと東に伝えた。
「合格ですね。後は、本人にやる気があるかどうかですね」
十条の答に東は満足しなかったのか、真剣な眼差しで念を押した。
「そうかね、特に問題はないと」
リンダは東に仕えている。おそらく、リンダから別の評価が下っているのだろう。
「全く問題のない奴を待っていたら、人員の補充は間に合いません。現に当係は、定員マイナス一。課単位で見れば、十人は増員して欲しいものです」
十条の言葉を聞いた東の顔には、懸念の色が浮かんでいた。東は机の上に腕を載せ、手を組んで、ゆっくりした口調で話を続けた。
「人材の獲得には努力している。でもね、風紀には国の重要な情報が集まる。勿論、公開できないような代物もある。特に五課にはね。風紀にネロ君がいても大丈夫なのか、私は心配なのだよ」
確かにネロは正義感ゆえに暴走する危険性もある。とはいえ、未然に察知できない事態にはならないと、十条は感じていた。
「私も仕事は長いですが、ネロに感づかれるほど、浅い場所に後ろ暗いものが転がっているとは、思っていませんが。まさか、私に隠し事でも」
東が曖昧に笑った。
「断じてないとは言えない。だが、タイミングがモノを言う状況もある」
東は否定をしなかったが、とりわけ、緊急かつ重大な何かを隠している様子でもなかった。
東はボスだが。十条は絶対の忠誠を誓っているわけではない。ただ、付き合いが長いので、風蓮五紀を良くしたいと思う気持ちは一緒だと思っている。
東は上司である前に、同志だ。
「そうですね。貴方は国と風蓮に対して、常に責任を負っていると、自覚してくれればいい。現場は私がどうにかします」
「君にそういわれると、身が引き締まるね」
東が優しく笑い、机の抽斗の錠を開けた。抽斗の中から黒い金属版が出てきた。東が左手の一指し指を捻ると、義指が外れた。
東が短くなった人差し指で金属板に触れた。人差し指で触れた場所がオレンジに光った。黒い金属板が膨らみ、黒い紙に早変わりした。
東が義指を再び嵌めてから、黒い紙を十条に差し出した。
「君が知りたいだろうと思って用意した。ニュイジェルマン事件の幕引きだよ。明日、正式に記者発表となる。ニュイジェルマンは外国でのラスト不適切処理を認め、幸福クローバー・インダストリーも、責任を取る形で制裁金を支払う。幸福が六十七億円、ニュイジェルマンが三十二億円」
制裁金の額は、慣例から外れていた。額は過去の事例から見ても、高額に分類された。
普通なら、幸福側の支払いは実行犯のニュイジェルマンと同額か、多くとも五割増し程度に落ち着くのが慣わしだ。
「この金額で幸福が合意したのは、やはり、早期解決の意思があったか、なるほど」
東が十条に尋ねた。
「君は黒幕と予想した数社を絞り込んで情報を集めたようだが、結果はどうだね」
ネロには伝えなかった、本当の見解を伝えた。
「水面下で能率鉄道がニュイジェルマンを買収しようとしているのが、わかりました」
能率鉄道は、パースィマンに見せたリストに載っていたニュイジェルマン出資企業であり、十条の勘が怪しいと睨んだ企業だった。
東が十条の意見に懐疑的だった。
「能率鉄道。ニュイジェルマン設立当初からの出資者だね。まさか、今日の事態を見越していた。そうとは考えづらいか」
十条の推理は推測の域でしかないが、一週間という時間は、充分によくできた絵となっていた。
十条は推理の披露を続けた。
「普通は考えづらいですが。今回の発端となった情報は、交通局経由で五課に入ってきた。交通局で地下鉄といえば」
能率鉄道の名が、すぐに浮かぶ。黒幕は能率鉄道のウォン・日枝。能率にはニュイジェルマンを狙う動機もあった。
「能率も今の情勢なら、ベルイジュンへの輸出ルートと、権力者へつながるパイプは、確かに押さえたいでしょう」
現在の段階では、六カ国間横断鉄道計画には、ベルイジュンは参加していない。だが、もし参加を表明すれば、東のスタート地点はダーシェンではなくなり、ベルイジュンに変更され、七カ国計画に変わる。
ベルイジュンが能率を支持すれば能率三となり、サクセス・ラインを一歩リードして、有利になる。
東が企業人としての情報と、当時の記憶を足して思い出したように意見を述べた。
「ニュイジェルマンの設立時期は、能率が海外勢とレール規格戦争を始める二年前というのも、今回の騒動を予期していたのなら、良いイタイミングだ」
「ニュイジェルマン設立当時株式の公開は視野に入っていなかった。公開に動かしたのは、能率の日枝です」
東が唸った。
「偶然といえばそれまでだが、能率オーナーのウォン・日枝なら、未来を見ていたともいえるし、日枝には、犯罪者組織との黒い噂もある。楽園の求道者との接点があっても、おかしくない」
全ては当てはまる。されど、目の前に突きつけられた完成された絵は、あまりにも美しすぎた。
能率の日枝が黒幕である可能性を指摘し続けた。
「能率鉄道なら、企業私兵を抱えています。爆発物やロケット砲だって、入手できるでしょう。能率の日枝なら、風紀と武力衝突もやりかねない」
東が十条の言葉を信じたようだが、思案の表情を浮かべた。
「状況証拠しかなく、全ては推測、という事態は、ある意味よかったのかもしれない。相手が能率なら、戦争は迂闊に仕掛けられない」
ニュイジェルマン事件の資料を、東に返した。
十条は雨の日から考えていた、次の件に取り掛かる許可を東に求めるため、口を開いた。
「わかりました。それで、次の仕事ですが」
東が用紙を抽斗にしまい、鍵を掛けて、顔を上げた。
「珍しいな、君のから伺いを立てるなんて」
「次はベルタの流通絡みで、能率を標的にします」
【了】
Corporate Crime ~繁栄の残渣~ 金暮 銀 @Gin_Kanekure
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