第55話 祭りの終焉と各プレーヤーの勝敗(四)

 いよいよ本当の商談に取り掛かるが、慌てずに搦め手から攻めていった。

「では、次だが。池民の処分場は、いつ売却する」


 パースィマンは思案した顔で、困ったように発言した。

「さあ、あの規模では、買い手はなかなか」


 十条は事件の足りないピースを埋めるために、話の方向を変えた。

「では、こっちを答えてくれてもいいんだが。ニュイジェルマンは今後、どうなる」


 パースィマンは、もう興味がないとばかりに、投げやりに言った。

「あれは、もう用済みですよ。これで、よろしいですか」


 少し手を変えて見た。

「お前達の処分場を襲った犯人に、心当たりはないか」


 パースィマンはオーバーに両手を広げ、笑った。

「ありすぎて、わかりませんよ」


「ひょっとして、この中にいるかな」

 十条が取り出したのは、折り畳まれた一枚の紙だった。紙にはニュイジェルマンの株主の一覧が載っている。実は、紙には細工がしてあった。


 紙は表から見ると普通の紙だが、二重になっており、表面が薄い紙。裏側はヴァーサス・ウォッチというベルタ素材でできている。


 十条の見ている裏からだと、表面を見る人間の目線の動きが、赤い点で示され焼けたような黒い痕を残していく。


 パースィマンは紙を見た時、欄の上方で目の動きがある地点で、瞬間的に上下するのが、十条にはわかった。


 すぐにパースィマン欄の一番上に目線を戻し、一定のスピードで目を動かし、少しの間何かを考えているフリをする。


 もしかしたら、パースィマンは何かを考えているのかも知れなかった。だが、十条にはわからない。でも、注目した場所はわかった。


(リスト上段は、ニュイジェルマンの出資企業だったな)

 パースィマンの長考が終了し、結論を出した。


「いないと思いますよ」

 明らかな嘘だった。けれども、十条にはどうでも良かった。


 十条も長考を装い、結論を得た。

(黒幕がわかれば、動機もわかるな)


 パースィマンにばれないように、紙を速やかにしまい、十条は話を続けた。

「じゃあ、誰が。厳達を襲ったのが“楽園の求道者”なら、ウチらを襲った奴は誰なんだ。目的はなんだ」


 パースィマンは腹が立つほど、爽快な笑顔を浮かべ、とぼけた。

「怨恨じゃないですか、風紀が襲われる理由なんて、ありすぎでしょう」


 十条は罠を回収したのを悟られないように、揺さぶるフリをした。


「処分場を襲った主犯格の赤毛はダンマリでね。他の奴らは赤毛に雇われたの一点張り。これじゃあ、近いうちに保釈されかねない。釈放されると、あんたは危ないじゃないのか」


 パースィマンが罠の存在に気がついていたかはわからないが、パースィマンは、気にしないといった態度で返した。


「ご苦労なことですね」


(襲った奴に心当たりがあり、なお隠す。黒幕とは敵対したが、風紀に情報を与えるのは得策ではないというところか。命を狙った黒幕より、財産を狙う風紀のほうが、奴にとっては厄介なのかもな)


 列車内にアナウンスが流れ、列車が減速を始めた。すると、パースィマンが立ち上がった。


「どうやら、山を抜けたようですね」

「切符は終点までのはずだが」


 パースィマンは立ち上がった。

「お二人は列車での散歩を楽しんでください。私はここに用があるので」


 十条は小さな取りこぼしに気が付き、きちっと回収しにかかった。

「そう言えば、まだ、オマケを貰ってなかったが」


「処分場は、三ヶ月後に」

(三カ月後辺りで見張れば、被害が増える前に、新たなオーナーの不正の現場を押さえられるか)


 グリーン個室から出ようとするパースィマンの姿を見ていると、十条にはある憶測が湧く。最後に十条は、憶測をぶつけて見た。


「あと一つ。パースィマンの身代わりがチェスナットではなく、チェスナットの身がわりがパースィマンだったのか」


 パースィマンの動きが停まった。パースィマンが十条に背を向けたまま、普通に聞き返してきた。


「なぜ、そう思ったんですか」

「目の前に立っているのが以前のパースィマンより、大物に見えた。お前に一度会っているのは間違い。となると、該当する人物はチェスナットという男だけだ」


 パースィマンが十条の問いに答えず、背を向けたまま、部屋を出て行った。

 パースィマンは後姿だった。だが、笑みが浮かんでいたような気が、十条にはした。


 降りるパースィマンを、ネロが下車して尾行しようとした。

 十条はそっとネロを嗜めた。


「降りるなら次以降の駅にしろ。話し合いは終わった」

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