第54話 祭りの終焉と各プレーヤーの勝敗(三)

 十条は推理を続けた。


「厳達が襲われた理由も、わかった。傀儡助が操縦者なしで、的確に動かすには、搭載された知能をフルに使うしかない」


 ネロも厳と角が襲われた理由を理解した。


「そうなると、厳密な予行練習が必要になる。ターゲットは同じ車で、同じ装備が望ましい。場所は特定できるとしても、車を替えたり、装備が状況によって変わる十条さんや、入ったばかりの俺がいるほうを狙うのは、不向きだった」


 十条は推理の流れに任せてハッタリを仕掛けた。


「風紀には傀儡に詳しい奴が一人いてね。教えてくれたよ、着ぐるみ屋の存在を。小人族なら、確かに適任だ。当たりをつけたら、それらしいのが入国した形跡も掴めたよ」


 向井が着ぐるみ屋だという確証はない。入国の形跡も嘘だが、話はこれでいいはずだ。


 口調に芝居がからないように、気を付けながら話を進めた。


「お陰で傀儡衣だとわかるまで、風紀は疑心暗鬼になったよ。まあ、取り調べた私が異変に気づくのに、しばらく掛かったんだ。海洋庁の奴が一日で見抜けないのは、責められない」


 十条の推理を黙って聞いていたパースィマンは、ゆっくりと息を吐いた。


「なるほど、向井が拘束されたと聞いて、いずれはバレる、とは思いましたが、でも、こちらのほうは、なぜわかったのか、不思議です。なぜ、私とグロサムの関係に気がついたんですか」


「小人族つながりという点かな。小人族は国を持たない。それゆえ、血縁や友人同士の繋がりが強く、仲間同士の結束が固い。今回のような大きな事件をやるには、必ず小人族が絡む」


 パースィマンが目を僅かに細めて、訝しがった。

「友情論では私までたどり着かない」


 十条は正直な考えを教えた。


「そうだな。正直に言うと今回、パースィマンが中心近くにいる可能性はあると思った。とはいえ、出てくるとは思わなかった。ただ、風紀が小人族のフィクサーであるが、パースィマンが首謀者だと言い張れば、仲間を救いたいグロサムは繋がりを通して、お前に連絡を取る。あとは、グロサムの辿った足跡を調べていけばいい」


 パースィマンは感心したように褒めた。

「なるほど。賭けに勝ったということですか」


「誰に勝ったかは知らない。でも、お前は負けてはいないだろう」

 パースィマンが姿を現した理由を十条は察知していた。


(指揮官たるパースィマンがこの場で死んでも計画に支障がないから、奴は来た。“楽園の求道者”の計画はもう終わっているか、放っておいても完成する段階に到達している)


 パースィマンは残念がった。

「とんでもない。これ以上の株の信用売りを中止せざるを得ないでしょう、利益が激減ですよ」


 パースィマンが株で利益を上げているのは確かだ。とはいえ、規模からいって、株のインサイダー取引は本命ではない。せいぜい、販売促進用のおまけとして使っているのだろう。


(おそらく、本命は別にある、か)

 十条は欲しい物を得るために、取引を続けた。


「まあ、とぼけるなら、それでいい。証券がらみは、三課の仕事だ。三課がどうにかするだろう。それで、お前は幸福の関与について知っているのか」


 幸福の関与の証拠があるなら、現段階での株取引の水準だと、風紀は妨害しない事態を暗に仄めかした。


 ベルイジュンでの作業実体では幸福を確実に抑えるのは、まだ不十分だ。幸福が関与していたというより強い証拠が欲しい。


 十条の言葉の意味を悟ったのか、パースィマンは真偽を測ろうとするかのように、真剣な眼差しを向けてきた。


 パースィマンとしても、取りこぼさずに得られるものは全て得たいはず。十億円の儲け話は欲しいだろう。“楽園の求道者”としても、最初から罠に嵌める幸福を守る必要性はないはず。


 パースィマン側が考慮しなければならいないのは、風紀に情報を与え過ぎて、足元も掬われる可能性だ。


 黒幕側と和解していれば、申し出も蹴る事態も考えられるが、ここに来たので黒幕との完全な和解はないと見ていい。


“楽園の求道者”と幸福の間には密約が存在するかもしれないが、存在するなら存在してもいい。“楽園の求道者”との関係は幸福の弱点になる。


(さあ、教えてくれ、パースィマン)

 間があって、パースィマンが決断した。


 さっそくパースィマンは、新たな材料を提示した。

「コピーでよろしいのなら、ニュイジェルマンと幸福の取り決めを記した、書類があります。勿論、幸福のCEO(最高経営責任者)のサイン入りです」


 株取引の黙認と幸福の内部情報の交換成立した瞬間だった。

(まずは、上等、充分な物が出た。パースィマンの書類があれば、幸福に言いがかりはつけられる)


 パースィマンが、幸福の内部書類を持つ事実も大きい。十条は成果を引っ張りに掛かった。

(パースィマンは、おそらく事件の全容と、表に出ない騒動の黒幕を知っている)


 十条はワン・クッションを置き、書類の真贋を確かめるフリをした。

「コピーか」


 パースィマンから即座に言葉が返った。

「コピーです」


 即答か、これ以上の値引き交渉には応じられないという意思表明だな。粘っても無駄だろうな。列車を指定したのも、交渉に制限時間を設けたためと見ていい。


(嫌われる前に、妥結するか。欲を掻きすぎるのは良くない)

 十条は口を開いた


「わかった。いいだろう」

「では、前回同様、証拠が届き次第、私も釈放という条件でいいですか」


 パースィマンに身柄を拘束される気はないのは、わかっていた。

 どれだけ信用を得られているのかを試しているのか。


 十条はパースィマンに答を出した。

「今のところ、お前に罪状はない。残りの奴らは、証拠が届き次第だ」


 パースィマンは、おどけたように発言した。

「私は、逃げるかもしれませんよ」


(心にもないことを言う。もっとも、別れの挨拶みたいものか)

「それはない。現時点では、お前の筋書き通りに進んでいる。交渉を蹴って、不確定要素が増えるのを、お前は好まない」


「わかりました。明日中に」

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