第53話 祭りの終焉と各プレーヤーの勝敗(二)

 十条の言葉に、パースィマンは、興味深げに十条に問いかけた。


「小人族の“楽園の求道者”といえば、世界に名を馳せる犯罪組織というのが常識ですよ。どう違うか、よければ教えてくれませんか」


「組織の幹部のお前に、講釈する必要は感じられないが」

 パースィマンが少しばかり上品に微笑んだ。


「あなたの考えに興味があります。答によって、取引にはオマケを付けますよ」


 相手が何に興味を持っているかを知るのは、交渉を有利に展開する一歩でもある。 相手に自分の考えを知ってもらうのも、交渉を友好的に進める上ではプラスである。


(本来なら良い展開だが、相手はアウトローでしかも、駆け引きをしなければならない大物。果たして、印象を言っていいものか)


 数秒の間を置いて、十条は決断した。


(いいだろう。もう、ゲームは始っている。まず、誠実というカードを切らせてもらう。まあ、ネロにも本心を聞かせたほうがいいだろう)


 十条は感情を込めずに淡々と話し始めた。


「小人族は国を失った。結束を失ったわけではない。ダウアリルという楽園を失った小人族の一部は、国家を信用しなくなった。国を失った小人族は、新たな世界で生きる新しい経典を得た。彼らは国土の代わりに財力、法律の代わりに信義を手にし、仲間達と楽園を目指そうとした。それが、小人族の“楽園の求道者”の始まりだ」


 十条の発言に対して、正義の人であるネロがすぐに反発した。

「しかし、“楽園の求道者”は世界各国で経済犯罪を起しています」


 ネロとはどこかわかりあえないものを感じた。

 十条は言葉を続けた。


「お前の言うのは事実だ。“楽園の求道者”は法を信じず、楽園を求め、財を成すために活動する。かって自分達の国を滅ぼした企業のように」


 ネロが十条の哀れみや同情も一切認めず、強い口調で非難した。


「自分達が被害に遭ったからといって、自分より弱い他人を食い物にして良いわけがない。そこに楽園があったとしても。それは楽園じゃない、偽物だ」


 パースィマンがネロの言葉を聞き終えると、ゆっくりと口を開いた。

「お兄さん。あんたの言っていることが間違いだとは言わない。現に仲間達の中には、かっての楽園の復興に尽力している者は少なくない」


 パースィマンは入口のネロを射るように見て、見解を述べた。


「善悪じゃないんだよ。新しい時代のルールってやつを、我が種族ほど身に知らされたものはいまい。いまだ、自分の都合のいい法や、権威の意向による解釈を振り回せば、通じると思っている輩がいる。泣く子の意見は通るってね。だが、私達の仲間は泣いて力尽き、野ざらしになった」


 パースィマン言葉を聞き、以前のパースィマンとは違和感を持った。


(地下で会った時こいつは、もっと挑戦的で、意気揚々とし、恐れを感じない。そう、若さのような物があった。目の前のパースィマンはもっと年季が入っている)


 外見は子供でも、十条の目の前にいるパースィマンはまるで、三十年前の事件を知っているかのような怒りと悲しみがあった。


 パースィマンは十条の見つめている視線に気づいたのか、陽気な口調に戻り、話を続けた。


「ああ、悪い。つい、親父のようなこと言っちまったな。さあ、ビジネスの時間だ」

 さっき感じたものから、今のほうが演技に感じた。


(そういうことか、こいつが本物のパースィマンなのか。地下道にいたのがダミー。おそらく、地下道にいたのは、息子か年の離れた弟といったところか)


 十条は納得して、話を続けた。

「確かに昔話はもういいだろう。本題に入ろう。それで、売り物はなんだ」


「ニュイジェルマンのベルイジュンでの作業の実態についての書類では、どうです」

 パースィマンの答えに意外性を感じなかった。短い間だが、パースィマンと話して確信した。パースィマンは全て予定通りに計画を進めている。


「やはり、最初から、そこまで持っていたのか」

 パースィマンは得意げに、最初に会った地下道の時と同じように話した。


「ここまで用意しとかないと、取引材料にはなりませんから」


 パースィマンは黒幕と一緒に計画を進めてきて、黒幕を予定通りに裏切ったのだ。敵の敵の正体は、もう間違いなく小人族の集団である“楽園の求道者”だ。


 十条は相手が“楽園の求道者”と知り、交渉の半分は成功したと感じた。楽園の求道者は仲間を簡単に見捨てない。適正な価格を付ければ、身柄を拘束している、小人族を買い取る。


「わかった。こちらは、向井を含む三人の釈放でどうだ」

 十条は速水といわず、わざと向井と発言した。


 向井の名を聞き、パースィマンが感心したように眉を上げた。

「ほー、速水と向井が同一人物だと、いつ気が付きました」


「速水を取り調べたのは私だ。時が経つに連れ、変だと気が付いたよ。後であれこれ考えて、わかった」


 十条は答を知るパースィマンを見ながら、推理を披露した。

「一度目の襲撃は、ニュイジェルマン事件をマスコミに売るための演出と、向井を消すための前置きだろう。襲撃で現場にあった偽物のせいで、向井が本物の人間だと思いこまされた」


 ネロが十条の言葉に、驚きの声を上げた。

「向井が傀儡助なわけはない。傀儡助には、船で見せた表情や対応は不可能だ」


「傀儡助じゃない。向井と速水は、小人族用の着るタイプの傀儡である傀儡衣だ。そう考えると、合点が行く。向井と捕まった船員は傀儡衣を着た小人族だ。小柄な小人族なら、身長を調節した成人男性の傀儡衣にも二人で入れる。つまり、消えた向井役の小人族は他の船員役の傀儡衣の中に入ったんだ」


 ネロも十条の推理を理解した。

「そうか、向井は小人族の正体を現し、他の小人族の傀儡衣に隠れる。残された向井だった傀儡衣のパーツは畳んで、他の傀儡衣の空スペースに隠す」


「小人族が傀儡衣に入ると隙間ができるが、隙間には詰め物が必要だ。本来なら専用の部品を使うのだろうが、今回は下着やタオルを使用していたんだろう」


 ネロが全てを理解したような顔で、向井消失のトリックを述べた。

「そうか、詰め物に下着たタオルを使えば、傀儡衣の解体後に、下着やタオルは、持ち込んだバッグの中に収納すればいい。確かに海洋庁では、入る時に荷物をチェックしても、出る時にはチェックしていない」


 パースィマンを見て、感じた。推理はあながち間違っていない。

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