第50話 ヒゲとトリックと十条の罠(三)

 次の日の朝、角を除く全員が揃った時点で、十条は方針を発表した。


「逮捕した人間の尋問は、私と厳で行う。角は傀儡助と押収したデータの解析を頼む。真田は押収した書類の分析を。係長には裏取りをお願いしたい。ネロは係長の手伝いを頼む」


 全員が無言で了承し、各自が行動を開始した。

 十条は厳と警察に向かった。十条が立て篭もり側と思われるの小人族の二人組、グロサム、速水、を担当した。


 厳が襲撃犯側のリーダーである赤毛の男と、部下と思われる四人の取調べを行った。


 取り調べは難航した。速水以外全員の身元が特定できなかった。立て篭もり犯側の兵隊は、固く口を閉ざしていた。


 単なる雇われ兵士にしては、予想外に口が堅かった。


 拷問という手もなくはない。とはいえ、容疑者逮捕はニュースで流れており、国民が強い関心を持っているので、現時点では、あまりいい手とは言えなかった。


 取調べ時には、グロサムは反抗的だった。十条が誘導すると、うっかり立て篭もり組みの小人族を心配する態度を示した。


 グロサムが本当は社長ではなく立て篭も組の一員なのは明白だった。されど、誘導に引っかかったのに気が付くと、黙秘に転じた。


 十条は警察に本当の社長を探させたが、見つからなかった。

 速水は俯き加減で、あまり喋らなかった。速水は早い保釈を望んでいた。


 速水は身元がはっきりしており、罪状はない。本来なら四十八時間で釈放となるケースだった。十条は速水に何か引っかかりを感じたので、裏技を使い、釈放を停めていた。


 数日が経過した時点で、十条は速水の異常を感じた。十条はさっそく、速水が独房にいない時、部屋に入って異常の正体に気がついた。


 速水の枕に抜け毛が一本もついていなかった。毛が抜けないので、速水の髪の毛は地毛ではない。速水が単純にカツラを被っているも思えなかった。


(速水の顔は手の込んだ作り物か。こうなると、逆に速水の身元だけがはっきりしていたのが不自然だ。いや、速水だけが、処分場の従業員という配役を見事に演じていたというほうが正しいな)


 十条の中で何かが繋がり、同時に策略を思いついた。

「なるほど、以前、向井の首の偽物が転がっていたように、速水の首も偽物か。だが、速水は傀儡助ではない。とすると、そういうことか」


 攻めるべきはグロサムだな。うまくいけば、速水をだしに、グロサムを通じて黒幕か、敵の敵のどちらかと接触できる。


 十条は早速、グロサムを釈放し罠に仕掛けるための供述調書の作成に取り掛かった。


 次の日、昼過ぎに四係の部屋で会議が開かれた。

 状況を説明した。


「まず、私と厳のほうだが。正直、思わしくない。襲撃側のリーダーの赤毛の男は黙秘を貫いている。立て篭もり組と社長は、やはり何かしらの繋がりがあるようだが。国選弁護人を拒否している。正攻法だと時間が掛かりそうだ」


 ネロが意外そうな顔で、不思議そうに疑問を口にした。

「弁護士の拒否ですか」


 厳が当たり前だと言うように、教えた。

「タダでやってくる国選の弁護人は、風紀と繋がりがある」


 厳の発言にネロが驚いた。

「弁護人は風紀のスパイですか」


 十条は手の掛かる新人にレクチャーした。

「風蓮、五紀、二つ企業の関連会社と関わりのない弁護士は、少数だ。そいつらが国選の弁護人なることは、ほとんどとない」


 ネロが不快感を露わにして皮肉った。

「司法も、風蓮や五紀の駒ですか」


 ネロが嫌味を言うが、十条はやんわり諭した。

「国のほぼ全てが風蓮や五紀の影響下にあるのは否定しない。だが、誤解するな。犯罪が企業がらみじゃない限り、裁判所も公平だ。それに、風蓮や五紀は悪党じゃない」


 ネロは風蓮や五紀による支配体制を嫌っているようだった。

「誰が悪を決めるんです。風蓮や五紀ですか」


 ネロに対して現実を見ろと言うのは簡単だ。けれども、ネロは否定的な考え方を止めないだろう。


(手間は掛かるが、何度も繰り返し、教えてやる必要があるな)

 十条はネロに辛抱強く言って聞かせた。


「長く暮らせばわかる。が、風蓮や五紀の評判は良い。大多数の国民も今の社会を受け入れている。広報戦略だ、情報操作云々を言いたいなら、暇なときに調査してみろ」


 厳が『大企業は果たして悪か』という話題で、会議が停まるのを嫌気したのか、真田に発言を促した。


「さて、続きだ。真田」


 真田は十条と視線を合わせると、ネロとやり取りがなかったかのように話し出した。


「消えた不活性化ラストの山ですが、処分場側では再委託を繰り返し、経路を消そうとしました。が、どうにか追えました。最終処理は国外のベルイジュンです。ラストは約三ヶ月前に運び込まれています」


(資金調達や人材確保も考えると、一年くらい前から敵は計画を立てていたのか)

 ネロが手を上げて質問した。


「結局、八万本のドラム缶はどうやって消えたんですか」

 寵がネロを横目で見て淡々と教えた。


「わかってしまえば、何ていうことはない。離れた場所で、鉄道工事をしていただろう。鉄道工事に資材を運ぶ会社が、鉄道工事現場に資材を運んで、空になったトラックにドラム缶を積んでいた。もっとも、ラストの積み出しを依頼した人物は消息不明だかね」


 運送会社にしてみれば、行きと帰りで、仕事したほうが儲かるから引き受けたのか。


 大方、依頼人は急ぎの仕事だと言って、多額の前金を積んだのだろう。運送業者としても、届けを出したかったが、普通の運送業者が新たにベルタ運搬の免許を取ると時間が掛かる。


 運送業者は期限に間に合わせるために仕方なく、無免許で運んだのか。

 無免許者だから風紀ではチェックできなかった。警察は鉄道工事用のトラックが道を走っていても、事故でも起こさなければ、積み荷までは気にしないだろう。


 真田が再び説明を続けた。

「ベルイジュンに不活性化ラストを運んだ、二ヵ月後。処分場は幸福からラストの廃棄処分を受けて、国内処理を行っています。これが、前回の捜査で浮上してきたラストの処理です。処理はマニフェストから追跡可能でしたが、適正処理で完全合法でした」


(処分場のカラクリが見えてきたな。騒動の黒幕は幸福が近いうちに、ラスト処理に行き詰まる予測していた。騒動の黒幕は、まず処分場を買い取り、処分場を再開させる。予想通り幸福がなんらかのトラブルでラストを船に積んだままに立ち往生する。そこで、幸福にラストを処理してやると言って、幸福に甘い言葉を囁き船を港に付けさせる。後は風紀に立件させ、幸福を見事に嵌めたわけだ)


 十条は寵に外国で活動中のカラカラの報告を聞いた。

「係長、ベルイジュンにいるカラカラの奴から報告は」


 寵は切れ長の目に笑みを含ませながら、結果を述べた。

「幸福の現地法人の内部情報を入手した。ニュイジェルマンと地民の持ち込み先は、同じ場所だと判明した」


(同じ場所だと。寵の目になぜ、笑みが浮かんでいたのかがわかった。敵は幸福の行き詰まりを予測していたのではない。敵が幸福の処理ルートを潰した)


 十条は背後で何があったのか、段々見えてきた。

 寵は情報を開示していった。


「ただ、ベルイジュンの処分場は国家元首の三男が実質支配しており、警備は厳しいそうだ。金の流れは、まだ掴めていない」


 直感的に思った。

(金の流れがわかれば、黒幕が見えるが、金の流れを追うのは、カラカラ一人では難しいだろう)


 真田と連携させれば良いのだが、ベルイジュンは独裁国家で、通信の秘密が確保されていない。三男といえど、権力者が絡んでくると、捜査は難しい。


(あとはカラカラが、どれだけやれるか、だが)

 十条の予想している全体図がわからない、ネロが手を上げ、質問した。


「十条さん、金の流れって」

 十条は推理を披露する。


「ニュイジェルマンとベルイジュンの処理場で値上げに関する交渉があって、ニュイジェルマンが渋ったんだろう。値上げ交渉の頓挫を知った騒動の黒幕は、地民の処分場を買ってベルイジュン側にラストを持ち込み、ベルイジュン側の言い値でラストを処理させた」


 ネロにも十条の考えがわかったらしかった。

「なるほど、一回限りの取引だけ見れば損だが、敵はもっと先を見ていた」


「敵の行動が価格交渉に影響して、ニュイジェルマンの処理が停まるトラブルに発展。ニュイジェルマンはラストの処理ができずに、ラストが溜まっていく」


 ネロは相槌を打って、推理に賛成した。

「確かに十条さんの考えどおりだと、ラストを積んだ船が出港できなかった筋道は、通りますね」


「幸福がラストを貯めこんで困るのを待っていた騒動の黒幕は、幸福にラストの処分を持ちかける。適正処理でマニフェストを与える。騒動の黒幕はニュイジェルマンの不正をパースィマン経由で風紀に流した」

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