第七章 ヒゲとトリックと十条の罠
第48話 ヒゲとトリックと十条の罠(一)
街が夕焼けに真っ赤に染まる頃、十条とネロは委員会ビルに帰ってきた。
風紀のビルには、また大きな報道陣の輪ができていた。
(外国メディアまで出てきたか、これは市場が荒れるな。金融関係の二課の奴らも一段と忙しくなるだろう)
報道陣の輪を避けるように、裏から入った十条とネロは、手の空いている職員に手伝ってもらい、書類を会議室に運んでもらった。
書類を運び終わり、部屋に戻ると、ちょうど真田が帰る時だったので、ニュース番組を録画したデータを受け取った。
公開情報からわかる事実は限られていたが、現場にいた人間だけが気付く何かが写っている可能性もあった。
工場に下りて、ネロ、厳、角と一緒に、録画された映像を見た。
ニュースで流された映像は、襲撃側が処分場側と撃合いになる映像だった。
映像の長さは、厳が突入する前までの百五十秒。
ニュース的には衝撃的だが、十条にとっては中身が薄かった。
一見すると目ぼしい物は何もない。偶然居合わせたアマチュアが撮影した物ではなかった。けれども、何のために、撮影されたかは謎だった。
ニュースの映像が終わると、角が傀儡助の専門家らしく、感想を述べた。
「カメラは撮影者の視点や動きから、立て篭もり組の傀儡助に搭載されていたのだろう」
角の言葉を、聞いてネロが疑問を呈した。
「では、見つからなかった傀儡背助の操縦者が、映像を持ち込んだんでしょうか」
防衛する側が監視カメラを廻すのは理解できるが、映像をマスコミに流すのはなぜか。襲撃側に対するなんらかの警告と言う見方が一般的だが。
角は映像を巻き戻し、コマ送りにしながら、確認作業を続けながら答えた。
「でなければ、近くにいて通信を傍受していた者がいたか。だが、怪しい電波も受信していない」
ネロが眉をしかめ、持論を述べた。
「今回、捕まえた処分場側の立て篭もり組の中に、映像を送信した奴がいると考えていいでしょうね」
角は映像をチェックしながら、淡々と見解を述べた。
「逃げ果せた奴がいなければの話だ。テレビ局に持ち込んだ奴は、別だろうからまだ仲間がいると見ていい」
ネロが厳しい表情で、確認した。
「角さんと厳さんを以前に襲った傀儡助使いは、処分場を守備していた奴と同一犯ですか」
角は皺だらけの顔で、興味深げに感想を漏らした。
「詳しく解析してみないとわからないが、操作の筋は似ていた」
簡単にまとめた感想を述べた。
「となると、騒動の黒幕は二つの勢力で構成されていたと見ていいだろう。ウチらを襲った、襲撃側と、厳を襲った立て篭もり側。死人が出ているから自作自演はない。仮に襲撃側を黒幕、立て篭もり側を敵の敵と呼ぶか」
厳は顎に手をやり、小さく疑問を呟いた。
「以前、我々を襲った奴らが、今度は攻守に別れて争うか」
とりあえず、情報が集まってくるのを待つしかない。
十条は腰を上げると、ネロも十条を追うように立ち上がった。
「十条さん。どちらへ」
「映像を見たから、上で資料でも整理するよ。ネロ。今日はご苦労だったな。もう上がっていいぞ」
工場を出て、部屋へと向かうエレベーターに乗った。
(今回の件、処分場に立て篭もっていたのは、前に厳を襲った奴らと見て間違いないだろう。風紀の検査について対策済みだったのは理解できる。襲撃に対しても備えていたのはなぜだ。黒幕も、敵の敵も、互いに相手の行動を警戒していた。どちらにしろ、予定していた破局ないしは裏切りが起きた。風紀を襲った連中が今はもう仲間ではない。取調べで何か謳ってもらえたらいいが)
敵が仲間割れを起したのなら風紀にとっては願ってもない進展だ。とはいえ、どちらも強敵となると問題もあった。
風紀で動ける人間が限られていた。相手が二手に分かれたら、片方しか捕まえられないか、両方逃げられる可能性があった。両方を捕まえる完全勝利は難しい。
エレベーターが目的の階に着かないので、十条は顔を上げた。すると、行き先を示す階のランプは点灯していなかった。
忘れていた行き先ボタンを押した。頭痛がした。思わず頭に手をやり、今朝の出来事を思い出した。
(今日は無理しすぎか、でも、こう展開が早いと、ゆっくり寝てもいられない)
エレベーターの扉が開くと、十条は書類の整理をするために部屋に戻った。十条は少しでも楽になるために、軍服のような重たい制服を脱いだ。
着慣れたガルマ風ファッションの服に着替えて、資料整理の仕事を続けた。やがて、ネロが帰り静かな部屋に一人になった。
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