第47話 消えた一万六千キロ(七)
証拠保全のために、ネロが上がってきたので、金庫の鍵を開けるように十条はネロに指示して、尋問を続けた。
「貴方がしたという、ラストの廃棄処理の経路が分かるマニフェストと、廃物の引き取りに関する契約書も、見せて貰いましょうか」
グロサムは、ぶっきらぼうに言い放つ。
「そこの棚だ」
「そこの棚」と言われても、抽斗のついた本棚が二台、壁面書庫の扉が四つはある。
今まで黙っていた速水老人が口を開いた。されど、十条と視線が合いそうになると、下向き加減になった。
「マニフェストは、壁面所の一番奥です。契約書は、右の本棚の抽斗の中です」
速水が的確に答えたので、速水に疑問を持った。
(社長は百%偽物だ。だとしたら、速水という男は、何者なんだ。どんな役割がある)
速水に向き直り、口調を改めて尋問を開始した。
「速水さんは作業員ですよね。高齢のようですが、処分場での経歴は長いんですか」
速水は十条の顔を見られないのか、俯きながら喋った。
「昔は事務屋ですが、会社が潰れてからは、職を点々としていました。最近、ここの社長に拾ってもらったんです」
ありふれた経歴だが、問題はない。
速水がグロサムを見ると、グロサムは尊大ぶって頷いた。
「ここでは、どのようなお仕事を」
「仕事は電話番と経理です。手の足りない時は手伝いもしています。帳簿は黒い端末の中に、データで入っています」
(社長は異常だ。速水は従業員としてはまともだ。本当にここで仕事もしているようだ)
十条はグロサムと速水のアンバランスな組み合わせを疑った。
(二人とも正常、ないしは異常なら、理解できるが)
グロサムに次なる言葉を継げようとした時、ネロが声を掛けてきた。
「十条さん、金庫が開かないですよ」
社長を見ると、社長は何か言う前に声を出した。
社長が傲慢に吼えた。
「お前らが見たいのなら、お前らでどうにかしろ」
金庫の前に行くと、金庫は旧式のものだった。
ネロが金庫を開けられない理由がわかった。
「この手の旧式の金庫は、開け方にコツが要るんだよ」
手の金庫を開けるには、ダイヤルを合わせた後、両方のレバーを横にして、一旦、元の位置にレバーを戻す。レバーを戻してから、一度軽く押して、片方ずつ引いて開ける、という手順が必要だった。
金庫を開けながら、疑問に思った。
(グロサムは金庫の開け方も、廃棄物の処理経路を示したマニフェストの場所も、おそらく知らなかった。ここまではいい。だが、なぜ、金庫の鍵と契約書の有りかは知っていたんだ。知識が中途半端だ)
もう一度、部屋を見渡した。部屋は散らかっているが、荒らされたわけでもなかった。無論、本当の社長が殺されていれば、厳や角が見逃すとも思えなかった。
十条は金庫を開けると、ネロにそっと耳打ちした。
「ネロ、一回、資料を持って、外に出るよ」
十条とネロは一旦、資料を持って、二人で外に出た。
外に出ると、十条は契約書にすぐに目を通した。
書類はやはり問題なかった。だが、処分場の売買契約内容は、覚書や誓約書を添付し、ワザと複雑にしている印象を受けた。
契約書の書類からだと、グロサムのいう内容と大体一致した。
(グロサムは細かい点は知らないが、大まかな話の筋だけ知っていたのだろう。グロサムは処分場側の関係者なのか。なら、なぜ、社長だなんて嘘を吐いた。一従業員で社長は不在といえば良かっただろう)
十条の顔を窺っていたネロに書類を纏め、ネロに渡して見解を述べた。
「社長は偽物だな。用意された書類がここまで落ち度がないのに対して。自称社長は言動が穴だらけだ。それに、おそらく金庫の開け方も知らない」
ネロが頷き感想を述べた。
「でしょうね。速水からはしませんが、社長からは硝煙の強い匂いがします。さっきまで銃を撃っていたんでしょう」
硝煙の匂いは、確かに辺り中に漂っているのでわかる。個人から臭う硝煙の強弱までわかるとは、ネロの鼻は敏感すぎた。
「他に人間がいたかどうか、わかるか」
ネロが困ったような顔をして、弁解した。
「十条さん。いくら鼻が利くといっても、犬じゃないですから、そこまでわかりませんよ」
(もっともな回答だが。そこまでわかるなら、犬以上であって欲しかったよ)
グロサムが銃を撃っていたのなら、襲撃犯か、立て篭もり組みのどちらからと繋がっているのだろう。
位置的な関係や、発言からグロサムはおそらくは、立て篭もり組みと繋がっている。
十条は見解を述べた。
「処分場と書類が完璧なのに、社長だけが道化すぎる。計画を立てた奴のキャストに、今の社長は入っていなかった。社長役は銃撃戦で死んだ奴の中にいるのかもしれないな」
ネロが目を吊り上げ、拳を握り、ギュッと上に突き出した。
ネロが正義に燃える警官のように、力強く聞いた。
「締め上げますか」
社長は拷問に掛けても、真実を吐くとは思えなかった。むしろ、支離滅裂な嘘を次々に並べ、収拾がつかなくなる怖れがあった。
「社長はシラを切っているんじゃなくて、よく知らないのに知っているフリをしている。じっくり聞けば、何かこぼす情報もあるだろう。でも、ここじゃあ、時間も場所もない」
十条が事務所に戻り、書類を提示しながら社長に話を聞いた。とはいえ、相変わらず合理性のない回答が続いた。
社長の都合が悪くなると、「知らない」、「わからない」、「縄を解け」を連発するので、真相はわからなかった。
しばらくして、応援部隊が駆けつけたので、地面に首まで埋めた襲撃犯を掘り起こした。ネロと十条が捕まえた全員プラス、グロサムと速水を拘置所に護送させた。
護送される時もグロサムは喚き、速水は俯き加減だった。
全員の護送が終わると、大勢で証拠集めにか懸かった。人員の増加により、必要な作業は予定より早く進んだ。
捜査中に隠されていた傀儡助の操縦基盤も発見された。
傀儡助操縦装置には真新しい指紋がべったり残っていた。だが、グロサムや速水も含めて、逮捕者の誰と一人として一致しなかった。
傀儡助の操縦者がまだ潜伏している可能性も考慮して、人海戦術で探すも、人影はなし。
増援のおかげで、まだ日があるうちに、十条とネロは処分場から出られた。
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