第46話 消えた一万六千キロ(六)

 十条はそのまま質問を続けた。

「彼らは貴方を縛ったあと、どうしました」


 グロサムは、どこか誇らしげに答た。

「金を出せと言ってきたが、お前らに渡す金はないと言ってやった」


 自慢げに答える姿は、明らかに胡散臭いし、命が惜しくないような、肝の据わった男にも見えなかった。


 話を変えて、反応を見ようと思った。

「ところであなたはどうやって、この処分場を手に入れたんですか」


 社長は白々しく弁明した。

「前の持ち主から、タダで貰った。だが、あまり、ひどいので返そうと思った。ところが、登記を見ても、前の持ち主の所在がわからなくなっていて、返せなかった」


 用意されたストーリーとしては不出来だな。こいつは、いったい何者だ。

 十条は念を押した。


「つまり、処分場を返せず、トラブルになっていた」

「うむ」


(こいつは、アホか。先程トラブルがないと言って、誘導すると、こうもすぐにも問題がある事実を認める奴も珍しい)


 黙ってグロサムを見つめた。十条は質問の調子を変え、口調を強めた。

「前の持ち主の名前は」


 グロサムは少し難しい顔で考えてから、テストの口述試験に答えるように返事をした。

「前の持ち主はりゅう周来しゅうらいという人だ」


(地民が劉周来という人物に渡った経緯は事実だろう、だが、登記が移転されてない以上は、普通に調べたのでは、わからないはずだ)


 事実を隠して尋ねた。

「登記簿上は、地民さんという方になっていますが」


「登記簿など、見ていない」

 もう呆れるしかなかった。


(こいつはヒドイな、さっきは、登記を見てもわからなかったと、言ったのに、今度は登記簿を見ていないと言う)


 豆狸から、矛盾に次ぐ矛盾が噴出していた。

 グロサムは本物の社長ではない。かといって、黒幕が予め用意した社長ではない。配役に必要な知性が備わっていない。どうみても道化だ。


 追及するのも馬鹿らしく思えた。だが、話を進めていく。

「処分場にあった大量のゴミの処理や、処分炉の修理は、貴方がしたのですか」


 グロサムはどこか擦れた不良学生のように首を振った。

「俺じゃない」


 十条は半ばキレ気味に質問した。

「じゃあ、いつからゴミがなくなっているんですか」


「それは」

 社長が一旦そこで言葉を詰まらせ、しばらくおいてから、幾分か声の調子を落として返事をする。


「来た時から、ない」

 さすがに切れて怒鳴った。


「あんた、さっき、裏のゴミがひど過ぎたといっていたな。なのに、来た時からないってのは、どういうことだ」


 グロサムは、すぐに居直った。

「間違いだ。来た時はあった」


「誰が処分した」

 グロサムが少し考えた後で、当然というように答えた。


「俺しか、いないな」

「なぜ嘘を吐く」


 グロサムが強く弁解した。

「嘘じゃない、間違いだ。記憶違いだ」


(こいつは馬鹿だが、案外肝の据わった馬鹿かもしれない。ただの馬鹿ならどうにでもなるが、一線を越えた馬鹿なら、苦労すかもしれない)


 十条は冷たく尋問した。

「貴方の話を裏付けるものは、ありますか」


 グロサムはそっぽを向いて、不貞腐れぎみに答えた。

「金庫に契約書一式がある。一番奥にある机の抽斗に入っている鍵と番号で開く。番号は引き出しの裏にメモが貼ってあるから、勝手に開けろ」

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