第45話 消えた一万六千キロ(五)

 二階の事務所へ向かう鉄の階段を上って行くと、鉄の板とブーツとぶつかった。ガン、ガンという丈夫そうな音が響いた。


 階段を上りきると、古びて黄色みがかったペンキが剥げた、㈱地民再生処理と記された看板が掛かっていた。


 看板の下にある玄関扉のドアノブを回した。扉は、ギーっという嫌な音を立てて開いた。


 室内は撃合いをした窓の周りに、割れたガラスが散乱し、天井にも穴が空いていた。だが、以前に検挙した時と違い、全面が鉄骨剥き出しの壁に真新しい壁紙が張られていた。


 壁紙は所々が膨らんでいた。が、貫通した様子はなかった。

(壁材で弾が停まっている。襲撃に備えていたのか)


 部屋の入口から少し離れた場所には、衝立で区切られた区画があった。

 区切られた区画には、ソファーやテーブルが並んでおり、簡単な応接セットがあった。


 応接セットのソファーには、二人の人物が縛られて状態で座っていた。隣には角の傀儡助が、見張り兼護衛として、銃を持って立っていた。 


厳が豆狸と呼んだ理由が、わかった気がした。豆狸と呼ばれた男は、小人族特有の童顔。体型筋肉が付いているもののデップリとしていた。


 茶色のズボンをサスペンダーで吊り上げ、黄色のシャツを着て、縛られて座っていた。男の態度は、無理にでも威厳を出そうとしているのがわかるが、姿からは、滑稽という印象がピッタリだった。


 もう一人の男は、灰色の作業着を着た、痩せた白髪の老人だった。老人は、冷静を装おうとしているのはわかるが、落ち着きがなかった。


 手足はそわそわとし、視線の動きは、常に下を向いていた。

二人並ぶと、爺さんと孫だな。孫のほうがえらく、勝気で、爺さんのほうは死にかけのように弱気だ。


 小人族の男が十条を見て口を開いた。

「おい、早くこの縄をほどけ、俺は社長だ。犯罪者じゃない。被害者だ」


 怪しい二人に対し、マニュアル的な笑顔をするように勤めた。だが、心の中は犯罪者を拷問する鬼のような心境だった。


「被害者の方ですが。それで、貴方と、そちらの方のお名前は」

 男はムッとした表情で、強気に答えた。


「俺が社長のヘンリー・グロサム。そっちが、従業員の速水はやみ三郎さぶろうだ」


 速水と呼ばれた男に確認した。

「速水さん。間違いないですか」


 十条が隣の速水に尋ねると、速水は下を向いたまま、元気なく答えた。


 社長は襲撃犯や、立て篭もり組みの奴らが化けているのではないのか。もし、そうなら速水から助けを求めるような、何かしらのサインがあるはずだが、サインがなかった。


「速水さん、ここではどういうお仕事を」

 速水が答える前に、グロサムが口を開いた。


「速見はどうでもいい。とにかく、俺の縄を解け。俺はここの社長だ」


 こいつは九十九%社長じゃない。されど、現時点では犯罪者とは決め付けられないのが口惜しいところだな。


「残念ですが、それはできません。登記簿上、あなたは社長ではないようですし。前回、私がお会いした社長とも、明らかに違うようですね」


 グロサムが座ったまま、背を一杯に伸ばし、声を張り上げた。

「事務所にいたら強盗が突如、押し入ってきて、私達を縛り上げたんだ」


 グロサムの主張に構わず、十条は質問を続けた。

「何かトラブルがあったんですか」


 グロサムは怒気を込めて即答した。

「ない!」


「事務所には、現金があるんですか」

「ない!」


 心の中で下手すぎる芝居に半ば呆れた。

(お前なあ、それじゃあ、辺鄙な処分場に武装強盗は来ないだろう)

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