第44話 消えた一万六千キロ(四)
十条はグローブで拳を握ると、グローブの金属が発光し、中を照らした。中は外とは違い、それほど黒ずんでなかった。最近、清掃やメンテナンスが行われた形跡があった。
一部の部品は新品に、交換されていた。
経営者が変わり、法を遵守し、まともな営業をする。当たり前のようだが、全てを適法に行うには、かなりの知識がいる。
産廃法やベルタ法に長けた人物が処分場にはいる。社長が該当者なら、処分場の社長は切れ者だろう。
「この炉、最近補修と清掃をした形跡があるな」
炉に詳しくないネロが意外そうに、質問した。
「使われているんですか」
炉を閉めて、柱に掛かっているクリアホルダーの中のシールを指差した。
「柱に検査証があるだろう。日付から推測して、炉は三ヶ月前には検査が通ったということだ。以前の状況から、検査証の偽造を疑ったが、炉の内部に手が入れてあるから、本物だろう」
徐々に事態の異常さを理解してきたのか、ネロの顔が引き締まった。
「問題はない、ということですか」
「そうだ。立入検査に対しては、問題ない。金を掛けて対策してある。ここまでしているなら、書類も辻褄が合うかもしれないな。さっきの襲撃がないと、夕方には手ぶらで帰らなきゃならないとこだったかもな」
ネロが疑問を呈した。
「さっきの襲撃は、こちらの立ち入り検査を見越して襲撃ですか」
タイミング的に考えれば、風紀の動きを察知しての行動だろう。騒動の黒幕はここまでミスらしいミスはしてない。
「決め付けないことだ。襲撃がなぜあったか、捕まえた奴を尋問して聞き出す。まず、社長と従業員から、慎重に話を聞かなきゃならない。ネロは角と一緒に証拠の保全を頼む」
「わかりました」
自作自演の襲撃事件も頭を掠めたが、すぐに思いなおした。
(ここでそんな芝居を打つとは考えられない。となると、仲間割れが次の可能性にくるが、黒幕はそんなヘマするだろうか。となると、黒幕に敵対する勢力がいるのか。敵の敵か)
敵の敵が味方とは限らない。おそらく、事件の黒幕と同じ穴のムジナ。だとすると、風紀に全面協力はしないだろう。
すぐに作業に取り掛かろうと、ネロを呼びとめた。
「さっき私が捕まえた男。先日、襲った奴と似ている。お前も、確認しておいてくれ。赤毛の男だ。今は気絶して拘束錠で手足を封じているが、気をつけろ。なんせ、こっちは今、人手が足りない」
「わかりました。それと、俺が捕まえた、立て篭もり組と見られる二人ですが、小人族で戦闘訓練を受けていたようですね。もう二人は装備が違うのでおそらく、分かれて逃げた襲撃犯でしょう」
(小人族の兵隊だと)
風蓮五紀で、小人族の不法就労者は珍しくない。犯罪に手を染める者も少なくない。が、犯罪者個人レベルの話だ。
治安が悪い国ならいざ知らず、集団で武装襲撃するのは、白い鴉並みに稀だ。
(パースィマンも小人族だったな。敵の敵は小人族の犯罪者集団を駒に使っているのか。だとすると、敵の敵は外資系か)
風蓮にも大企業の陰謀はあるが、大抵はもっとスマートにやる。風紀を街中で襲撃したり、外国人犯罪者を使う真似は基本的にはしない。
ネロに指示を出した。
「警察に渡す時に、被疑者は訓練を受けていると言っておけ」
警察と聞いて、ネロの顔に疑念が浮かんだようだった。
「十条さん。警察は大丈夫なんですか。また、消えたりしないでしょうね」
ネロの懸念を解いてやった。
「警察は完全に、風蓮と五紀の支配下にある。風紀にとって、警察は融通の利くいい弟分だ」
ネロの表情が、疑義から異議に変わった。
「それはそれで、問題ありそうですね」
ネロが角の車両のへ戻っていった。
十条は処分炉のあるバラックを出た時、前に発見した、ガサ入れ逃亡用の隠し扉を見に行った。
扉は鉄板の一部を熔接して切り抜いて作られていた。
扉の前には、隠していたであろう空のドラム缶が転がっていた。内側から掛かっていたと思われる、数字合わせ式の大き目の南京錠が地面に落ちていた。
明らかに使用した形跡があった。
枝言霊を取り出すと、五分前にリンダからメールが送信されていた。早速、内容を確認した。
「ネズミが二名、穴から逃亡」
(隠し扉から逃亡したのが二名で、ネロが捕まえた。なら、傀儡助の操縦者は、まだ処分場の中に隠れているかもしれないな)
枝言霊をしまった。十条は扉の鍵を内側から閉め直して、事務所の正面へ向かった。途中、そこらにいる角の傀儡助に、立て篭もり組の傀儡助使いが潜伏している可能性を伝えた。
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