第43話 消えた一万六千キロ(三)

 鼻を突くようなラストが漏れて、漂う甘い異臭もなかった。

 代わりに、穴の底には土の上に、白く細かい石が敷き詰められていた。穴の隅には、真新しい百本ほどのドラム缶が置かれていた。


 前の状況を知らないネロが、拍子抜けしたようにコメントした。

「なんだか、思っていたのと違いますね。もっと、臭くて汚いのかと思いましたよ」


「想像は間違っちゃいない。前に八万本近くあったドラム缶が、全て運び出されている」


 十条は穴の底に降りて、白い土を靴で少し掘り起こし、一摘みを手に取った。

「この白いのは、中和剤だ。しかも数センチ規模じゃなく、十センチは被せてある」


 明らかに誰かが手を入れた形跡があった。誰かがやはり、先回りをしている。

 前の状況を知らないネロが、普通に問いかけた。


「いいこと、のように、聞こえますが。前のゴミ処分はしたんですかね」

 前の惨状を思い出しつつ。頭の中で計算した。


「処分場の処分炉が新しくなっていないと仮定する。このクラスの中間処分場だと、一日八時間稼働で、二十五本処理。週六日の操業でも、年間でも約七千二百本が限界だ」


 穴の底に続く斜面を降りながら、ネロに話を続けた。


「仮に処分場をタダで貰ったとしよう。ドラム缶一本に二百キロ詰めて八万本。処分費用でだけで六億四千万円。土壌処理で単純に二千万円が掛かる。これだけで、六億六千万円だ」


 処分場の経営なぞ知らないネロが質問した。

「元は取れるんですか?」


 ざっくり計算して、予想される数値を教えた。

「さっきの処理量から、従業員を三人使ったとして利益を計算すると、処分場の経常利益は単純計算で、年間二千万にしかならない。回収するのに三十四年だ。そんな投資をする奴が、どこにいる」


 ネロが異常な状況を理解した。

「偶然、現れた慈善事業家。な、わけないですよね」


 ドラム缶を見ると、前回放置されて用を成さなくなったボロボロの普通のドラム缶ではなかった。中古だが、まだ対応年数が経過していない、ラストを保存可能な特殊鋼缶製のドラム缶だった。


「前回の古いのは全部、処分したのか。残っているのは、新しい」

「新しいのがある点から、事業を再開しているということですか」


「一次処分用の炉を見れば、わかる」

 違法処分場の売買はある。が、小規模処分場の正式再開というケースは、十条の知る限りはなかった。


 これは最悪事件の形跡を消され、理由の知らない誰かに売られた可能性があった。

 十条は穴から出て、処分用の炉がある場所に向かった。


 炉は以前と変わらず、穴を出た近くに設置されていた。炉は雨風を避けるために太い鉄の柱にトタンを貼り付けたバラックの中にあった。天井から、煙突を十メートルほど飛び出していた。


 トタンを切って張った、入口のドアを開けた。

 処分用の炉は、天井から煙突を突き出していた。炉の本体は、車が一台は入りそうな大きさの半球形をしていた。


 大きな半球形の物体には、真っ黒になって酸化した油状の物がついており、覗き窓と取っ手以外は黒く汚れていた。


 十条は覗き窓から、炉が運転中ではないことを確認し、入口を開けた。

 深さが膝まである炉の床には、ラストの燃えカスが僅かばかりに残っている。されど、匂いはしなかった。


(ラストを完全に燃焼させている。適正処理だ)

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