第42話 消えた一万六千キロ(二)

 木陰から毛深い体に、黒のブリーフパンツ一丁のネロが、両手にロープでグルグル巻きになった束を二つ持って、姿を現した。


 一見すると、ネロには怪我はなかった。パンツ一丁なのは、地下鉄の時のように変身したのだろう。


 ネロの姿を見て、厳は驚きの声を上げた。

「お前、その格好はどうしたんだ」


 ネロがいたって普通に答えた。

「襲撃犯二名に、他付近にいた不審者二名を確保しました。まさか、銃を持ったハイカーや山菜取りはいないでしょうから、問題ないと思いますが」


(こいつ、本当に素手とロープで武装した四人を、一人で取り押さえたのか)

 ネロが左手に持っている、ロープに巻かれた犯人を持ち上げた。


「先程、確認しました。が、こっちの一人は脇腹に被弾しています。応急処置はしてあるようですが、病院に早いところ運ばないと、危ないかもしれません」


 立て篭もり組みの生きた武装犯、十条が欲しいと思っていた物をネロが持ってきた。


 幾分か状況を理解した厳は、素朴な疑問を投げかけた。

「それぐらいなら、衛生兵用傀儡助と簡単な医療設備を車に積んであるから、すぐに処置できる。で、確保はいいが、何でお前、パンツ一丁なんだ」


 ネロは四人を地面に降ろし、少し情けなさそうな態度を示した。

「変身すると、いつもこうです」


「お前、ケガは」

 と言いかけた厳だが、ネロの体には傷一つないのは明らかだった。


「大丈夫ですよ」

 十条はネロ姿と言動を見て、感心するより、姿を見て吹いてしまった。


「まあいい。そいつらは、厳に渡して、車から作業着を出してこい。パンツ一丁じゃ、さすがに検査には入れないだろう」


 ネロの考えは甘いし同意できない。だが、手柄は手柄として評価する。

 十条は鍵を取り出し、ネロに投げると、ネロがキャッチした。


「ご心配なく。配属時に制服は二十着に、支給してもらっていますから、替えは車に積んでいます」


 なるほど、上はネロの変身を評価してスカウトしたのか。

「早くしろ、立ち入り検査を始めるぞ。それと、車のダッシュボードに腕章の予備があるから、ついでに着けてこい」


「了解」

 改めて処分場を見た。


 正面にある弾痕生々しい鉄板の壁から、入口として設置された鉄柵はちぎれ跳んで、地面に転がっていた。


 風通しのよくなった正面入口の向こうには、長方形の二階建ての大きな事務所が見えた。


 事務所の一階は、錆びた鉄板で覆われた巨大な車庫になっていた。

 車庫の手前の地面は爆風で抉れて、扉も内側に転がっていた。


 二階の事務所正面の窓ガラスは全部割れ、付近の汚れた茶色の壁には、穴が無数に空いている。


 派手にやったもんだな。どちらも相手を殺す気だったのだろう。加減というものがない。結果としては風紀が、漁夫の利を得た形だ。


 今回の襲撃に幸福は絡んでいないと見ていいだろう。マスコミが動き出す中、本社に捜査が入る当日に、兵隊を動かすのは愚策だ。


 寵の話だと、幸福は既に風紀との交渉による決着に動き出した形跡もある。

 十条は気を引き締めた。果たして襲撃現場に乗り込んでの確保は、本当にラッキーなのか。それとも目の前の展開すら、裏で糸引く人間には仕組まれたイベントだったのだろうか。


 十条たちが乗ってきた装甲車が、入口付近に駐まった。

 ネロが着替え降りてきて、処分場を見上げた。


「それにしても、デカイ建物ですね。一階部分でも、かなりの高さと広さがありますよ」


 建物と経緯ついて説明した。


「ここは昔、土建屋だったのさ。一階部分は重機や十トントラックを格納するのに使い、裏の空き地には資材置き場や、工事現場で働く人間のプレハブがあった。その後、近隣の開発があらかた済むと、仕事がなくなり、会社は倒産」


 ネロに従いて来るよう指示し、処分場の裏に回る道に向かった。


「倒産会社を買った奴が、処分場を作って違法操業をしてゴミの山を作ったのさ。どれ、裏に行ってみるか、あまりの凄さに驚くぞ」


 裏に行って驚いたのは、十条だった。前回来た時には広大な穴に、野ざらしのドラム缶が積み上げられていた。


 ドラム缶から有害ラストが漏れ出し、甘く腐った匂いすらしていた。が、ゴミ山がゴッソリと消えていた。一瞬、場所を間違えたかとさえ思った。


(あるはずの物がない。ドラム缶にして約八万本の大量の未処分ラストがほとんど消えている。いったいどんな手品を使った)


 ドラム缶八万本という数は、小さな会社がトラックで深夜にこっそりと運び出せる量ではない。もし、大量にトラックで輸送すれば、風紀に情報が入らないはずがなかった。

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