第六章 消えた一万六千キロ

第41話 消えた一万六千キロ(一)

 処分場まで行くと、厳と角の傀儡助が処分場前を閉鎖していた。十条はゴリラに担がせた赤毛の男を厳に引き渡した。


 厳が赤毛の男にもう一つ金属製の拘束錠を手足に填めて、装甲車の中に転がした。

「厳、状況はどうだ」


 ガスマスク越しの変換された声が、淡々と状況を告げた。


「襲撃者側の三名確保、そのうち死体が二。立て篭もり側は、死体が一、壊れた傀儡助が六。襲撃者を追っ払った後、中に突入した時には、事務所に社長と事務員一名が縛られていた。社長曰く、立て篭もり組みは全員が逃走したそうだ」 


 襲撃犯を生きたまま三名確保はまずまずの出来だ。できれば、立て篭もり組みの奴も一人は欲しいところだ。両方から話が聞きたい。


 希望としては、赤毛が立て篭もり組みであって欲しいが、十条は赤毛の男は襲撃側だと思った。


「立て篭もり組みはどっから逃げた」

 厳が親指で処分場を指した。


「前回の査察で見つけた、抜け道かららしい」


 抜け道の方向から逃げたと仮定すると、逃走経路から赤毛の男は立て篭もり組みではない。赤毛の男は襲撃犯。おそらくは、襲撃の指揮を執っていたのだろう。


 十条には別の心配事もあった。

(立て篭もり組みがネロと遭遇した可能性があるな)


 十条は心の中で舌打ちした。ネロが敵と遭遇していれば、怪我をしている可能性があった。いっそ、死体になっていれば、警察に死体を運ばせ、真田に事務処理を頼めば良い。 


 捜査に支障は来たさないが、重症なら搬送や事後処理で手間がかかる。

(捜査前に面倒は御免だ。かといって、見捨てるわけにはいくまい。角の傀儡に探させるか)


 厳は顔を顰めて、苦々しく言葉を続けた。


「一つ酷く臭いことがある。ここの社長だ。社長は立て篭もり犯との繋がりは否定しているが。百%、ありゃ嘘だな」


 十条には前回の処分場検挙時に、媚びたような上目づかいで平気で嘘をつく、腹の出た中年男の態度を思い出た。


 怒りが湧いた。

「あの狸が。一線を踏み越えたが、さらにもう一歩踏み出したか」


 厳は冷静に告げた。

「いや、違う。豆狸だ。処分場の社長が替わっていて、前とは別人だ」


 十条は厳の言葉に疑問を呈した。

「登記上の代表取締役の名前は、変わってなかったが」


 厳はどこか冷めた口調で、かいつまんで説明した。


「本人曰く、前社長から会社を買収したが、仕事が思うようにいかず、再び別人に売るそうだ。短期間で二回ほど持ち主が変ったのと、売買のやり取りでトラブルがあったとかで、名義変更は大幅に遅れていると主張している」


 ありえない話ではないが、状況を考えると、嘘を言っているとしか思えない。


(名義変更の遅れは、処分場に風紀が来るまで情報を隠蔽するためか。社長が変わっているなら、オーナーも変わっているだろう)


 前の社長なら組み易しだが、敵が手配した雇われ社長なら、たいした役者かもしれない。予想される展開としては、捜査中にやり手の顧問弁護士も後から登場する可能性もある。


「これまた、限りなく闇に近い展開だな」


 十条は朝日の中、鉄板に囲まれた処分場を見上げてから、時計に目をやった。

 時刻は立入検査可能な時間に達していた。


「今日の立ち入り検査は朝から疲れる」

 厳は呆れたように話した。


「もう検査じゃないだろ。ついさっきまで、バトル・フィールドだったんだぞ」

「検査後に捜査に切り替えるから。まず、検査だ」


 厳は己の仕事はもう終えたというように、興味さなげに答えた。


「そうか。まあ、そこら辺の判断は好きにしてくれ。さっき本社に連絡を取って状況を伝えた。警察から護送車プラス、バス一台分の応援が来るらしい」


 現場は弾丸と通り雨に曝され、敵とはいえ死人まで出た。悪いこと尽くめだが、人手が潤沢に手配できるのが唯一の救いだった。


「まあ、もう撃合いにならないから、警察を入れてもいいだろう。人手も必要になりそうだしな。場所を教えるから、傀儡助に埋まっている犯人達の見張りを頼む。掘り出しは、警察にお願いするか」


 突然、厳が銃を引き抜き、素早く物影に隠れた。厳が離れた場所に銃を向けた。

 十条も厳の行動を見て、すぐに手近な処に身を隠れた。


 木の陰に隠れて大きな物体が動くのが見えた。

 厳の大きな声が響いた。


「停まれ」

 物体のほうから、聞き覚えのある男の声がした。


「撃たないでください、厳さん。ネロです」

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