第40話 夜明けと決戦(七)
路から外れた地点で相手の行動を予測し、身を隠した。
厳と角の奇襲を予定していた時刻になり、銃撃音が一段と激しくなった。
五分としない内に、音の間隔が小さくなり、止んだ。
指揮官の判断の速さを褒めた。
(襲撃グループは新手の出現に対して、混乱せず、すぐに奇襲を止めて、逃げに転じたか。判断が速いな。間抜けならもう少し、ずるずる戦いそうなものだ)
心を落ち着け、辺りの木々に気配を溶かした。
五分としないうちに、鳳凰の人造霊からテレパシーが送られてきた。
「テキハ、サンニン。ゴジュッポノ、キョリ」
少しだけネロの心配をしてしまった。
(こっちに来たのは三人か。ネロのほうにあまり、行ってなければいいが)
大地に潜むゴリラを通して、地面を歩く人間の振動を察知していた。三人が人造霊の影響を及ぼす範囲に入った。
ゴリラの咆哮が空間に広がったが、霊の声は、霊を見えないものには聞こえない。
大地に対してゴリラの咆哮が波紋状に広がると、突如、地面が泥沼のようになり、相手の体を埋めていった。
今度は実際の山に、男の悲鳴が木霊した。力が及んだのが二人だけだと、ゴリラから知らされた。すぐに捕らえた男たちの位置を確認する。
(真ん中にいた奴は消えたのか。おそらく、いち早く変化を察知して、素早く木の枝にぶら下がり、難を逃れたか)
ポトリ、十条の数メートル横に手榴弾が転がってきた。
十条は咄嗟に地面を蹴って、斜面の下の窪みに転がり込んだ。
途端に爆音と銃のけたたましい炸裂音が襲った。
「敵に位置を知られた。銃の腕だけじゃなく、いいコントロールしてやがる」
銃の発砲音から、十条は相手の位置を推測した。
ゴリラを相手の後ろに出現させ、殴りかかるように命令を出した。
十条は自らを囮にして、敵の注意を正面に向けさせようとした。
初めて見る敵は、野生的な顔立ちでの男で、肌が白いためか、赤い汚れた髪が印象的だった。男のブルーの目は氷河のように静かで、雄大だ。
男を見て十条は確信した。
(あのロケット砲野郎だ)
赤毛の男の目の前に姿を見せた。けれども、赤毛の男は十条に気を取られず、背後のゴリラからの襲撃に素早く反応した。
赤毛の男は、ゴリラの出現と同時に、軍用ライフルを捨てた。赤毛の男は振り向きざまに緑色に光るナイフを抜いた。
緑色に光る刀身、ブレイブと呼ばれたベルタで作成された、人造霊用のナイフ。
ゴリラの一撃を躱した赤毛の男のナイフが、ゴリラの脇腹に刺さり、そのまま首まで一気に切り裂いた。
十条は男がライフルを落として、背を向けた好機を見逃さず、仕掛けようとした。されど、敵はゴリラに刺さったままのナイフを捨て、体を回転させた。赤毛の男は曲芸のように落ちていたライフルを蹴り上げ、手にした。
(こいつは、映画のヒーローか)
十条は制服の上半身の下にサラシ状にホープを巻いていた。
ホープの体積と形状を変化させる。ホープ服の袖口から直径三cmの銀色の杭状に延びて、赤毛の男の肩を貫こうとした。
赤毛の男は間一髪、蹴り上げた銃で十条の一撃を受け止めた。
直ぐにホープに意を通わせると、ホープが意志を持ったかのように伸びる。紐状のホープが銃に巻きついた。
次の瞬間、紐状のホープは、たやすく大根でも切るように、ライフルを切断した。
赤毛の男は体勢を崩した。赤毛の男はすぐに切断されたライフルを捨てた。赤毛の男は身につけていた大口径の銃を抜いた。赤毛の男は狙いもつけずに直ぐに、十条に発砲した。
十条も瞬間的に、銀の紐を袖に戻し、手近の木に身を隠した。
(武器を捨てるのも躊躇なく、判断も反応も早い。力もあって、動きも素早い。おまけに、顔もいい。神様は、とんだものを作ってくれた)
木陰に隠れたまま、両袖から伸びる銀の杭を、男に目掛けて素早く伸ばした。
赤毛の男が十条の攻撃を避けつつ、一箇所に留まらないように動き出した。
(身軽なやつだ。全部、避けやがる。こうなると、持久戦になるな)
赤毛の男は状況を冷静に分析し、自分のできること、自分のやらねければいけないことを、常に把握しながら戦っているようだった。
(持久戦は避けたいが、逃がすわけにもいかないな)
十条も敵を逃がさず、無理に攻撃をしなかった。お互い決め手がなかった。
膠着状態を破ろうと、先に動いたのは、赤毛の男だった。
赤毛の男が、隠れていた場所から拳銃を構えたまま、十条に向かって猛然と飛び出した。
すぐに、自分の左斜め後方に鳳凰の人造霊を出現させ力の行使をさせた。
鳳凰が途端に相手の身を切り裂く突風を巻き起こした。
赤毛の男が鳳凰に怯まず、傷を負いながらも拳銃を構え、突進してきた。
十条は風の中に上着を投げ込んだ。風は意思があるのか、気流を変化させ、上着を赤毛の男に向かって飛ばした。
赤毛の男が十条の投げた上着を避け、十条の数メートル手前に素早く移動した。
赤毛の男が銃口を十条に向けた。赤毛の男が握る拳銃が、四発の銃声と弾切れのカチリという音を立て、山に響いた。
四発の銃弾は、全て十条の体に命中した。赤毛の男は両手で大口径の拳銃をしっかり握り、反動を抑えて、姿勢を崩さず、立っていた。
赤毛の男のブルーの目に、勝利の色が浮かんでいた。けれども、十条は倒れなかった。
制服の上着を投げ込んだ直後に、上着で男の視界が途切れた時に細工をしていた。
十条は上半身を覆うホープを、体の前面に薄く延ばしていた。透明な膜にして貼り付けていた。高硬度に仕上げたホープの膜が、銃撃を防いだ。
赤毛の男が背後で十条の上着が動く気配を感じたのか、銃のグリップで背後を殴りつける。
赤毛の男の背後にゴリラの人造霊が立っており、人造霊は殴り倒された。
十条は赤毛の男が、背を向ける瞬間を待っていた。すかさず、背後から殴りかかった。
赤毛の男が間一髪で十条の拳をのけぞって躱した。だが、背中が木に着いた。
十条のベルタ製の手甲が、ナックルを形成した。
赤毛の男が反射的に、がら空きになった十条のボディに、渾身の一撃を打ち込んだ。
赤毛の男の拳が、透明なベルタで覆われた十条の鳩尾を殴る。赤毛の男の拳が砕けた音がした。赤毛の顔が歪んだ。
赤毛の男の苦痛でできた隙をついた。十条は赤毛の男の顔を押さえつけた。
赤毛の男が膝蹴りを予感したのが両腕で防ごうとした。
十条はすぐに赤毛の男から飛び退いた。
赤毛の男が、十条が離れたのを不審に感じ、すぐに身構えた。だが、次の瞬間、顔に苦悶の表情を浮かべた。
赤毛の男の首には、十条がナックルから素早く変化させた銀の輪がついており、赤毛の男の首を絞め上げたのだ。
ドサリ。赤毛の男が失神した。赤毛の男が気絶したのを確認すると、まだ動けるゴリラに上着を持ってこさせた。
十条は上着からベルタ製の拘束錠を出して、赤毛の男の手足に掛けた。
「今の攻防は、危なかった」
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