第39話 夜明けと決戦(六)

「全員検挙は魅力的だが、頭と尻尾はくれてやれ、だ」

 ネロに尋ねた。


「お前、機銃かライフル、どちらか使えるか」

 ネロは十条の言葉に、嫌悪の表情が浮かべた。


「戦争の道具は、使いません」


 ネロの言葉に辟易した。ネロは信念が有り、甘い。本来なら退職勧告だが。棄てるには惜しい能力があり、風紀はいつも人手不足だ。


 十条は忍耐を持って答た。


「安心しろ、衝撃弾だ。当たり所が悪けりゃ死ぬが、普通に当たれば、悶絶するほど苦しいだけだ。使えるのか、使えないのかどっちだ」


「機銃の経験はありません。ライフルは警察時代、研修で二度ほど使っただけです」

 ネロの言葉に少しイラだった。


 ネロは当てにならないかもしれない。危険な正面に立つ、厳や角には負担は掛けられない。もう、頼れるのは自分だけだ。


「素直に使えないと言え。その先でいい。停めろ」

 十条は相手に気づかれない位置に車を停めさせた。


 程なく、厳たちが乗る装甲車が横に来た。

 十条は暗号化された無線で厳に確認した。


「厳、入口の奴らを黙らせて捕縛できるか」

 厳が十条とネロとの先程のやりとりが聞こえていたのか、ネロに対して不機嫌そうだった。


「全員じゃなきゃ良いならな。ただ、こっちは、そこのボウズと違って手加減無しだ。死人も出るぞ」


 死人が出るのは止むを得ない。厳や角を失うわけにはいかない。


「厳と角が無事ならいい。だが、できれば、生きたまま捕まえたい。襲撃者側の奴らを蹴散らせば、立て篭もり側は袋の鼠だ。作戦開始は今から約十分後の、午前五時三十五分」


 厳が作戦実行前に、素早く手際を確認した。


「兄貴の哨戒ヘリの映像から、襲撃グループは正面に張り付いている奴だけらしい。襲撃グループが使ったと思われる車と、バイクも確認した」


 十条はバイクと聞いて、先日のロケット砲男を思い出した。


(やっぱり生きていた。証拠を消すために仲間を殺しに来たのか。今度は捕まえたいところだ。逃がせばまた、邪魔をするだろうし。何度もやり合いたくない相手だ)


 厳が確認を続けた。


「俺と兄貴は襲撃時には敵の足を潰す。奇襲、制圧と成功したら、車両で入口を塞いで中の奴らを逃がさないようにする。相手が逃走したら、山側に潜んだお前が捕まえる」


 捕まえる自信はあるが、当りを引けるかどうかは運次第といったところだ。

 十条も厳の考えと同じだった。


啄木鳥きつつき戦法だな」


 厳と角を乗せた装甲車は、襲撃者の背後に回るため、ゆっくりと移動を開始した。

 十条はグローブをしっかりと填め、車のドアに手を掛け、ネロに伝えた。


「そういうわけで、お前は留守番だ」

 ネロが十条のいうことを聞かず、車から降りた。ネロがネクタイを外して、ワイヤーロープを持っていた。


「私も行きますよ。角さんに教えてもらったとおり、セキュリティのボタンを押したので、盗まれる心配はありません」


 十条はネロに呆れた。


(こいつ、ロープで何をするつもりだ。カーボーイの真似事か。ひょっとして凶悪犯を捕まえた経験がないのか)


 ネロが無謀な仕事をするのを止めるつもりはなかった。痛い目に遭わなければ、学習しそうにも思えなかった。


 痛い目に遭って死ぬのも、退職するのも、ネロの自由だ。

 不快感を隠さず、ネロを皮肉った。


「お前、銃弾の飛び交う雨の中に武器も持たずに、殺さずの気持ちと、ロープだけを持って飛び込むのか」


 ネロの態度に驕りも、侮りもなかった。ただ、信念が滲んでいた。

「人は殺しません。でも、犯罪者も逃がしません」


 普段なら説教の一つもしたいところだが。今いるのは、事務室でも飲み屋でもない。銃弾飛び交う現場だ。


(こいつの考えは、よくわからん。まあ、好きにするがいいさ、お守りをして証拠を逃がすわけにいかない)


 十条は半ば投やりに、言葉をぶつけた。

「私は上に行く。お前は勝手にしろ」


「十条さん」

 十条が振り返ると、ネロが車の鍵を投げてきたので、受け取った。


 ネロがそのまま下の斜面に降りていった。

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