第37話 夜明けと決戦(四)
角と厳が乗る装甲車に、十条は目を向けた。
角達の装甲車から、五・四五mm機銃を装備した、全長二メートルの哨戒ヘリが、空中に飛び上がるのが見えた。
(厳と角も、準備OKか)
薄暗い空に昇っていく哨戒小型ヘリを見ながら、静かにネロは言葉を発した。
「遠くはヘリで、近くは人造霊で警戒ですか。これなら安心ですね」
(気楽な奴だな。人造霊に過剰な期待を抱いているのか。だとしたら、知らないからこその幻想だ)
ネロの顔を一瞥し、思い直した。いや、案外タフなネロなら、これくらいは問題ないのかもしれない。
先輩として、新人ネロに注意した。
「哨戒ヘリは遠くまで見えるが、近くは疎かになる。物陰にじっとしているような奴は、見つけられない。人造霊は、隠れている存在も感知できるが、せいぜい半径三十メートルしか探知できない」
人造霊にさほど詳しくないのかネロが、十条の言葉に対して、意外そうに感想を述べた。
「たった三十メートルですか。意外と範囲が狭いんですね、充分に視認可能な範囲ですよ」
挑戦的に注意した。
「だったら、お前も、車の上で歩哨でもやるか。人造霊の襲撃や、地面に埋められた爆発物は、わからないだろうがな」
「さっきの人造霊は、爆発物やブービー・トラップも、感知できるんですか」
答はYESでもあり、NOでもある。できる、できないは、値段の差となって現れる。
「ゴリラは、見た目が地下鉄で会ったのとは、違っただろう。潤沢な経費で使えるから、上位種を使ってるんだよ」
十条たちを乗せた装甲車が、パーキング・エリアから、山間の古い舗装された道路に入っていった。
道路は低木が茂る山の中へと伸びていた。道は蛇行が多いが、道幅は広いので、装甲車でも問題なく通れた。
道路の周囲には低木が茂っていた。道路から外れれば、低木が視界を遮っており、先の状況はよく見えなかった。
乱雑に伸びた低木や、道路から覗く雑草から、道路が管理されていない状況なのはよくわかった。
(待ち伏せにはいい場所だな。だが、この道を真っ直ぐいくしかない。今の私の置かれた状況とそっくりだ)
途中まで来ると、十条はネロに注意を促した。
「襲撃を受けるなら、ここから処分場までの間だろう。わかっていると思うが、襲われても速度を落とすなよ」
襲撃を受けて停まろうとすれば、襲撃者の弾は同じ場所に集中して被弾する。だが、速度を落とさなければ、車体が動くため弾は散らばって命中する。
装甲がいかにすぐれていても、同じ場所に弾が集中すれば耐性は落ちる。
「それで、処分場まであと、どれくらいですか」
カーナビの示す位置と速度から、逆算した。
「無事に到着できれば、二十分くらいだ。今から私は、人造霊と同調して辺りを警戒するから、視認のほうは頼む。目が覚めたらあの世だったのは、なしだからな」
ネロが確認してきた。
「確か、人造霊との同調を強くすると、眠ったようになるんでしたよね」
「私の場合、眠りとまではいかない。感覚が鈍くなるだけだ。話しかければ、声は聞こえる」
ネロが相棒というのは少し不安だった。
相手がド新人なら、感覚が鈍くなる人造霊との同調は避けた。もし、隣にいるのが厳なら、安心して周囲を警戒できるんだが。
(信用しなければ、人は成長しない。まあ、命懸けってのが辛いとこだな)
座席に深く腰掛けると、目を閉じて霊感を呼び起こした。
十条の肉体から、もう二人の自分を象った意識が離れていった。同時に、今までに気配としてしか存在しなかった二体の人造霊の位置が、はっきりとわかった。
分離した十条の二つの意識が人造霊と重なり、感覚を共有した。
空に存在する鳳凰と一体となった十条は、大気の流れが奏でる音楽を感じた。
地面を歩くゴリラと一体となった十条の意識は、大地の鼓動と上を歩く命の波紋を感じた。
森林浴にも似た爽快感を感じた。
(風が心地よく、大地が安定している。精霊が活きる場所だ。どうやら前回の摘発後ベルタによる汚染は改善されつつあるようだ)
人造霊は街中で使われる事態が多いが、本来は自然の中でこそ威力を発揮する。
人造霊と共有した感覚の中に身を浸して、いくらかの時が経過した。
ネロの声が遠くから響いてくる気がして、十条は肉体の目を開けた。だが、隣にいるはずのネロの声は、どこか離れた場所から聞こえてくるように感じた。
「今なにか、向こうで光りました」
目を開けて、ネロの指差す方向を見たが、良くわからなかった。すぐに緊迫した角の掠れ声が無線が入った。
「処分場で戦闘が始まった。襲撃者側は数名だが、処分場側にも戦闘員がいて、中から応戦しているようだ」
(すでに戦っているだと、誰と誰が戦っているんだ。風紀の一課は来ていないはず。警察だって巡回する場所じゃない)
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