第36話 夜明けと決戦(三)

 パーキング・エリアで短い休憩を取ったのち、十条は車の後ろ側を開けた。

(さて、準備に取り掛かるか)


 車のトランクを開けると、風紀のマークが入った二つの木箱があった。

 内一つを前にして、静かに気を落ち、心を通して中の存在に呼びかけた。


「覚醒せよ」


 箱の中で眠っていた、ゴリラ型人造霊の心が十条と重なり、ゴリラが覚醒したのが伝わってきた。


 十条の目の前で、木箱の上蓋が持ち上げるように開いた。

 灰色のゴリラがゆっくりと立ち上がった。


 灰色のゴリラは色と大きさこそ、十条が地下鉄でやりあったものと同じだった。しかし、今度のは野生のゴリラと変わらぬ毛並みと表情を持ち、同じ人造霊でも、高級感があった。


 十条はゴリラに心の中で命令を下した。

(隣の箱を開けろ)


 ゴリラから承知したのを知らせるように、ホーンという音が心に響いた。

 ゴリラが入っていた木箱を跨ぎ、隣の箱の蓋を持ち上げて外した。


 もう一つ箱の中には、周りを緩衝材で覆われた、全長一・五メートルの、赤い大きな宝石のような卵が入っていた。


 ゴリラが赤い卵を取り出し抱えると、荷台から飛び降りた。ゴリラがタンポポの綿毛みたいに、空中で減速し、ゆっくりと音もなく地面に降り立った。


 ゴリラが卵を、ゆっくりと十条の傍らに置いた。

 卵はゴリラが手を離したにもかかわらず、重力を無視した形で立っていた。


 十条は卵に近づき、そっと額を寄せ、両手を添えた。十条は優しく赤い小さな唇でそっと契約のキスをして、卵へ意識を移し、語りかけた。


「大空へ羽ばたけ」

 卵の中に眠る存在の目覚めが、十条の心に伝わってきた。


 卵が十条の呼びかけに応じ、赤く輝き出した。

 赤い輝きが強くなり、最高潮に達した。赤い卵は溶けるように形状を変え、真っ赤な雛鳥へ変貌した。


 生まれたばかりの雛鳥から炎が立ち昇ると、残っていた卵の殻が溶けて、雛の体に吸収された。


 雛鳥が一羽の立派な真っ赤な鳳凰へと姿を変え、空に飛び立った。


 鳳凰とゴリラに、待機せよと命じると、鳳凰は空に、ゴリラは地に溶けるように消えていった。


 人造霊の覚醒の様子を離れて見ていたネロが、辺りを見回しながら、十条に近づいてきた。


「人造霊の姿は見えなくなりましたが。まだ、いるんですか」

「いるともいえるが、いないともいえる。詳しい理論が知りたければ、ベルタ論理学の教授にでも聞いてくれ」


 ネロが十条に視線を戻した。

「そういえば十条さん、エレキ・ギターをハンマーや斧に変えたりもしていましたね。様々な形状に変わるベルタ。確か、ブレイブでしたっけ」


「厳密には違う。ブレイブは色が緑で、形状だけしか変化しない。強度も鋼程度だ。よく対人造霊用の武器に使われる。私が使っているのは、ホープといって、ブレイブよりも扱いづらいが、色や体積も変えることができて、強度も強い。布状にしても、銃くらいじゃ穴も空かない。ベルタは種類が多いから、レアなものは素人には見分けづらいのさ」

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