第35話 夜明けと決戦(二)

 車両に乗り込んだ十条は、無線の状態をチェックし、後方の装甲車に乗る角に出発を伝えた。


 十条とネロが委員会ビルから外に出た。

 外はまだ暗く、朝を待つオフイス街である街中には明かりが少なかった。


 ネロは運転できるというだけあって、大型車の運転はスムーズだった。

 運転席のネロが車に馴染んでくると、十条に話しかけてきた。


「兵器のような車両、風紀はよく持っていますね」

「一課~四課は、必要ないから使わない。五課だけが使う」


 ネロが、やれやれといった口調で感想を述べた。

「ありがたいやら、ありがたくないやら」


「ありがたいさ。地民の処分場は、近くには廃村しかない山の中だ。離れた場所で鉄道の敷設工事をしているが、爆弾を使用しても音は届かないだろう。道は公道と違い、待ち伏せの宝庫だ」


 ネロが早朝出勤の理由を、納得したように話した。

「なるほど。だから、帰りは暗くなる前に公道に出られるように、出発がこんな早い時間んですか」


「それだけじゃない。立入検査は法令上、執行できる時間が月毎に日出、日入りの時刻を元に決められている。時間をフルに使いたい場合、目的地に日出の時刻に到着するように、計算して出発しなきゃならない」


 ネロが疑問を投げ掛けた。

「日出を過ぎたら、検査打ち切りですか」


「基本はそうだ。が、明白な違反があり、証拠保全に問題がある場合は、風紀のやり方としては、相手を緊急逮捕、四十八時間以内に令状請求をする」


「まあ、当然ですね。捜査員が時間ギリギリに証拠を見つけても、燃やされたら、たまりませんもんね」


 基本について話したが、基本通りに物事が運ばないのは、いつもと変わらない。

「もっとも、装甲車二台も行く立入検査なんて、異常だ。出発の時点で基本から大きく離れている」


 ネロがもっともな事実を指摘した。

「じゃあ、基本って、なんなんですか」


「そりゃあ、一課~四課の教本だ」

(運転に問題はないか)


 十条はイスの下にあるレバーを引くと、イスが後ろに下がり出した。

 イスが車の中間地点にある小部屋に向かって小さなモーター音を立て、スライドして、ゆっくりと下がり始めた。


 小部屋に下がりながら、ネロに指示を出した。


「後は、ナビを見ながら進んでくれ。山を越えたら、前回行った港とは逆方向だからな、間違えるなよ。予定の準備ポイントまで来たら、教えてくれ」


 部屋に下がると、ヘッドマウントディスプレィを装着した。眼前には色とりどりの無数の蝶が映し出された。


 蝶の正体は、十条が有用だと判断した文書をファイル化したものだった。十条はファイルを蝶の種類と色を使ってインデックスとしていた。


 蝶に視線を合わすと、ファイルが開いた。ファイルを読み込み手掛かりを探した。

 やっている作業のほとんどは無駄だ。が、今回のようにできることが限られていると、多少は手を拡げざるをえなかった。


 十条は作業に没頭していると車が停車し、ネロの声がした。

「着きましたよ。十条さん」


 資料を読み込み始めてから、それほど時間が経っていないように感じた。

 部屋の窓に付いていた、小さなカーテンを開けた。


 山々の間から、お日様が顔を出す前の赤い空の下に広がる駐車場が見えた。

 予定の準備ポイントに着いたのを確認すると、十条は席を前に戻して、外に出た。


 準備ポイントは、郊外のパーキング・エリアだった。

 売店や食堂は後五時間ほどしなければ開かないので、他の利用者はいなかった。


 夏の観光シーズンや、秋の紅葉シーズンでもない限り、利用者は少なかった。

 離れた場所で、新しい路線を開通させる鉄道工事があるので、昼時になると、ある程度客は入った。


 夜明け間近では、大小の装甲車が二台停まっていても、誰に見られるわけではなかった。

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