第五章 夜明けと決戦

第34話 夜明けと決戦(一)

 立入検査当日、まだ陽が昇らないうちから、十条は制服に着替え、車両の前でネロを待っていた。


 出発前に、真田からの報告メールが入っていた。

「時間外取引でニュイジェルマンの株に取引量、株価に異変発生」


 立入検査がらみで、株が動いたかと思ったが、すぐに思いなおす。

「立入検査の動きは知られていないだろう。とすると、黒幕の計画が次のフェーズに移行したか」


 十条は時計を確認した。

「時間外取引の終了時刻が五時、風紀のマーケットが開くのは七時。今日の五~七時には情報が錯綜するだろうな」


 立入検査がなければ十条も情報収集に当るところだ。とはいえ、相手が動き出したとなると、処分場も捨てては置けない。


 素早く真田に引き続き監視をするように、メールを打った。

「二児の母親である真田には申し訳ないが、できる範囲で市場を張ってもらうか」


 今回借りたのは、小型のバス程度の大きさの車だった。

 車の窓には格子が填められ、窓の面積を小さくしたデザインされていた。他にも一般用の車と違い、車体を装甲が覆い、タイヤは分厚く固かった。


 誰が見ても、軍事用の車両だとわかる。車の横に風紀のロゴがなければ、角の装甲車同様、街中を運転できないような代物だ。


さほど待たずして制服姿のネロが現れ、目の前にある装甲車さながらの車両を前にして感想を漏らした。


「出動の度に車両が物々しくなってきますね。立入検査に装甲車が二台ですか」


「今回使用するようのはただの装甲車じゃない。五紀重工が開発した、薄型爆発反応装甲にジュール熱変換ベルタ素材を組み合わせた、最新車両だ」


 ネロが装甲車の側面を触りながら質問した。


「爆発反応装甲っていうと、ロケット弾やミサイルが命中すると衝撃を感知して、装甲内に挟まれた爆薬が起爆して勢いを削ぐという、あれですか。でも、ここまで薄くできるんですか」


「熱変換ベルタ素材が可能にした。熱変換ベルタ素材は運動エネルギーを熱エネルギーに変換して吸収する。吸収した熱は冷却機から放出。おかげで、薄型爆発反応装甲の強度を上げて薄くできた。単なる爆発反応装甲だと、爆発時に付近に破片が飛んで被害を出すが、これは周りにほとんど破片が飛ばない」


 ネロが溜息、混じりに話した。

「確かに前回の相手はロケット砲を持っていましたからね。でも、相手も武装度を上げているかもしれなないですよね」


 軽く冗談交えた言葉を返した。

「なら次は、戦車や地対空ミサイルでも準備する。必要なら巡航ミサイルだって入手する」


 ネロが当然のように運転席側に移動した。ネロが鍵を貰うのを待っているように見えた。


 十条は鍵を見せた。

「確認する。風紀を辞める気はないんだな。戦場になれば、突撃命令も出すぞ」


 ネロが表情を変えず、鍵を受け取るために手を出した。

「殉職にならない限り、今回の事件を見届けるまでは辞める気はありません。さあ、行きましょう」


 十条はネロの覚悟を確認して、鍵を渡した。

「最近の警察では、装甲車の運転も教えているのか」


 ネロが微笑んだ。

「ちょっとした芸ですよ。陸上用の車両なら戦車だって運転できますよ。機能についても、事前に角さんにマニュアルを見せてもらいましたから、把握しています」


(器用な奴だな)

 鍵をネロに投げ渡し、付け加えた。


「いざとなってから、マニュアルを捲らなきゃいいんだがな」

「そういう事態にならないよう、祈りましょう」

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