第32話 幸福は遠方に輝く(六)

 厳が部屋にあったスクリーンに映像を映しながら、話を進めた。

 厳がいくぶん険しい表情で、端的に説明した。


「よし、それじゃあ、次は俺の番だな。兄貴が襲われた時の映像と、現場の遺留品から調べた結果。襲撃犯は最低で、傀儡助が五体、人間が二人だ」


(奇襲を想定していた人数だな。これ以上多いと、見つかり易く、少ないと失敗する。やはり、当時の風紀の動きを読んでいたか)


 スクリーンに、襲撃犯の装備が映し出された。


「傀儡助も人間も、自動小銃で装備していた。自動小銃は企業私兵がよく使うロドン・アームズ社製のCW005の小型化モデル。全長は七百mm、弾は五・四五mmを使用。弾丸はよく出回っている量産品だ」


 厳がチラリとネロを見て、普段はしない銃の知識を披露した。


「ロドン社の銃は衝撃吸収機構による銃身のブレを軽減、射出された弾を安定させるライフリングにも工夫が施されている。それほど訓練を積まなくても、標的には当て易いが、普通犯罪者は使わない」


 厳が軍隊の教官のようにネロに視線を向けた。

 ネロが厳に促されたので意見を流暢に述べた。


「ロドン社の銃は工夫を凝らした結果、パーツ数が百二十と平均より多く、砂な泥といった汚れに弱くなった。パーツ数が多いから、故障時には交換部品も供給ルートを確立していないと修理も難しいです。企業軍や政府軍でよく使われる銃なので流出品が多い量産銃ですが、紛争国の物と比べれば、価格は約十倍。傭兵や犯罪者には敬遠される理由はそんなとこでしょうか」


 厳がネロの答えを褒めはしなかったが、満足したようだった。


「傀儡助を使用した襲撃から考えても、敵はしっかりとした補給路を確保している。どこかの企業が関係していそうだが、銃からは推定不能だ。人間の襲撃犯は傀儡助と同じ銃の他に、カルナデテ製の手投げ弾や地雷も所持していた。カルナデテは知っているか」


 再び厳がネロに問題を出すと、ネロはすぐに答えた。

「カルナデテでは常に民族紛争が絶えません。手投げ段や地雷は非合法輸出品として、近隣国にばら撒かれています。カルナデテの露天では手投げ弾は三個で千円。地雷も対車両でも一個二千円ぐらいで買えると聞きます」


 厳がネロの答えに付け加えた。

「カルナデテでは化学工業の遅れにより火薬の質がよくない。柔らかい人間相手では火薬の質はあまり問題にならないが、車両や構造物には多きく影響する。もし、最新鋭のロドン社製の対戦車地雷を用意されていたら、おそらく、俺と兄貴はここにいなかったかもしれない」


 厳の言葉にネロが疑問を呈した。

「企業から武器が供給されるのなら、対戦車地雷は無理でも、ロドン社の手投げ弾は入手できたのではないでしょうか。なんだか、武装がちぐはぐですね。襲撃グループが抑えている武器流通ルートに問題があるというより、襲撃後の捜査のかく乱に重点を置いていると見たほうがいいんでしょうね」


 十条も同意見だった。

「犯人の手際のよさから、遺留品経由で相手の特定は難しいな」


 スクリーンに車に乗り込む襲撃犯二人の姿が映し出された。

「戦闘が進むと、生身の人間二人はケガする前に離脱している。兄貴の操る哨戒ヘリのカメラに、現場から走り去る緑の乗用車が写っていた」


(車も一般的に出回っている大衆車だ。中古の転売を数回も偽装されれば、持ち主の特定は厳しいな)


「逃走した奴は一人が、身長百六十~百七十、もう一人が百四十~百五十。顔はマスクでわからない。襲撃犯は最低で逃走車両を操っていた人物と、傀儡助の操縦者で、あと二人いるはず」


 スクリーンに映っていた映像が消えると、ネロが質問した。

「厳さんでなく。俺達を狙った奴については」


 厳は少し困ったような顔で返答した。

「残念だが。お前が襲われた場所には監視カメラすらないから、解析のしようがない。ただ、お前が襲撃され時間から計算すると、約二十分後に、警察が俺達のいた場所に向かうために通過している。警察官の話では事故車両、ケガ人の類は見かけなかったそうだ」


 ネロが誰に言うでもなく話した。

「奴は生きている。と、いうことですか」


 厳は兵士らしい感想を加えた。

「または、近くに仲間がいてバイクと死体を回収したかだが、やりあったお前さんが、生きているというなら、生きているんじゃないのか」


 バイクの襲撃者が生存している可能性に関しても、十条はネロと同じだった。

 相手は生きて再び現れる。負傷による戦力低下を期待したいが、治安の良い風紀でロケット砲が準備できたんだ。きっと安全な隠家や、医者の手配もできているだろう。アドバンテージはないと見たほうがいい。


 十条は皆に伝えた。

「意見は出揃ったようだな。各自、立ち入り検査までは、引き続き捜査を頼む。当日のスケジュールについては、書類の最終ページに記載しておいたので、頭に入れておいてくれ、以上。で、よろしいですか係長」


 最後に十条が寵を見ると寵が静かに頷いた。

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