第26話 疑惑の海洋庁(八)

 十条は最後に一つ確認した。

「向井達船員は、何か変わった物を持っていなかったか」


「荷物と一緒に拘留部屋に入るとき、一人一人の荷物をチェックした。日用品ばかりだった」


 向井が強引に釈放されたという事態は、向井が自覚していたかどうかは別にして、何か重要な事実を知っていたはず。


 向井は風紀が乗り込んで来た時、逮捕されるとは思っていなかった、というような態度を取った。すぐに釈放されるのを知っているような余裕も見せていなかった。


 誰かが通信係になって、向井に行動の指針を教えたはずだ。海洋庁内部に、手引きをした人間がいるのなら、何かを受け取っているかもしれない。


「手紙や荷物を受け取った事実は」

「出るときは、荷物のチェックはないが、海洋庁内で職員を含めて、差し入れ、配達の類はしていない」


 橘は嘘を言ってはいない。向井に対して、誰からもアプローチはなかったのだろうか。それとも、とても冴えたやり方で海洋庁を欺いたか。


 釈放が早かったので偶然、向井が余計な事実を話さずに済んだのか。

 偶然? 今回の件に限っていえば、敵は運に頼るような計画は立ててはいないだろう。


(わからないことが多すぎる)

 ネロの肩に手を掛けて、退出を促がした。


「ここにいても、無駄だ。戻るぞ」

 ネロが十条に続いて部屋を出たが、憤りを隠さないのか、橘に聞こえるのも構わず、声を上げた。


「捜査の協力を依頼したのに、釈放だなんて、何を考えているんだ」

 十条はネロを宥めた。


「問題にはなるだろうが、ここからは風紀の上と海洋庁の上が話して決める政治だ」

 まだ、ネロの怒りは収まらなかった。


「十条さんは、平気なんですか」

 怒りがないわけではない。ただ、十条は怒を表に出すような真似はしない。


 十条は少し、皮肉を込めて答えた。

「ああ。楽しいくらいだよ」


「楽しいというようには見えませんが」

 もちろん、楽しいわけではないが、わかった事実もあった。


「海洋庁に圧力をかけるなんて、ニュイジェルマンのような売り上げ三百億円程度の企業じゃ、不可能だ。おそらく、裏にもっとデカイ影が泳いでいるんだろう」


 ネロがどこか非難めいた口調だった。

「相手が大物だからこそ、警察や風紀がやらなくちゃいけないんじゃないですか」


 十条は心の中で苦笑した。

(怒る相手が違うだろう)


「そうだ。強大な敵と戦うために風紀はある」

 十条には別の不安が過ぎった。相手が船に乗らないほどデカイ時は、獲物を諦めなければいけない。


 相手が一頭なら船に乗るが、二頭なら重すぎて両方は船に乗せられない、かもしれない。

 果たして正義に燃えるネロに、オアズケができるだろうか。

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