第22話 疑惑の海洋庁(四)

 翌日、十条はいつもどおり、出勤してきた。一夜が明けたが、報道陣輪は変わらぬ賑わいを見せていた。


 十条は首を竦めた。


「これは有名芸能人が、豪邸新築、結婚、浮気、隠し子発覚、破局離婚、難病告白、死亡会見を同時にやらないと、当分は消えそうにないな」


 人間は社会に関心を示さずには入られない。関心が行動を呼び起こし、世界を変える状況をも作り出せる。けれども、ただなんでも祭りのように騒いでいれば、肝心な時がわからかなくなるのではないだろうか。


 正面から入る気がしなかったので、少し遠回りをして、別の入り口からビルに入った。


 五課のあるフロアーまで、エレベーターで上り、四係と書いてある部屋の扉を開けた。


 五課は係単位で独立しており、係毎に部屋があった。部屋の面積は同じだが、レイアウトもバラバラだった。


 四係は床、壁、天井とも色は光沢を抑えたダークシルバー。実は部屋自体はフロア・イミテーターという特殊な人造霊である。が、事実を知るものは少なかった。


 窓は大きく取られているが、中からは見えるが外からは鏡にしか見えない。もちろん、盗聴、防弾仕様。


 ダークシルバーの部屋には、普通の机の二・五倍の面積の凹型の事務机が、七つ配置されていた。


 イスは背もたれが大きく、体に負荷を掛けない、人間工学を生かしたデザイナー使用の高級イス。


 壁面収納は指紋認証で開く、金属性の頑丈な物が備え付けられていた。

 部屋の中には、既に出勤していたネロがいた。


 十条は新人に感心して声を掛けた。

「おはよう、ネロ。一番乗りか」


「もう、就業時間五分前ですよ、十条さん」

 十条は真面目なネロを軽く笑った。


「ああ。そういうものもあったな」

 真面目な新人であるネロに指摘され、無かったものとして扱われていた就業規則が、頭をよぎった。


 ネロが十条以外、部屋に来ていないのが気になるらしくかった。

 ネロが一人だけ会議場所間違えたビジネスマンのような顔で、どこか不安げに尋ねた。


「他の人は、どうしたんですかね」

 集団で仕事をしてきた人間が直面する典型的な反応だな。


警察は組織力を活かして仕事する。だが、風紀五課四係は違う。十条という頭はいるが、仕事は個人単位でする。


(最初は戸惑うが、じきに慣れるだろう。もっとも慣れるまで持つかどうかは、わからないが)


 四係の勤務実態をレクチャーした。


「厳と角を事務室で見かけるのは、週に数回だ。二人はいつも風紀の地下工場に詰めている。真田は勤務形態が違うから、出勤は一時間後。係長は昨日の対応で席を外しているんだろう。カラカラの奴は出張中だ」


 カラカラについては、十条もここ三ヶ月ほど、姿を見ていなかった。出張先で野垂れ死にしている可能性もあった。とはいえ、特殊工作員上がりで、褐色の肌の陽気な男はきっとどこかで生きていると感じていた。


 もっとも、カラカラが仕事を放り出してバカンスをしていたら、十条は物理的に斬るつもりだ。


 ネロが端に空いている、主のいない机に目をやった。

「もう一つ空いている席が昨日、言っていたリンダさんの席ですか。カラカラさんとリンダさんまだ会っていませんが」


「机は一つ空いている。リンダはウチの人間じゃない。まあ、リンダについては追々話すが。ウチの係り以外じゃ、名前を出すなよ」

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