第20話 疑惑の海洋庁(二)

(なぜ、襲われたのが、厳と角なんだ? なぜ、船員と同じ顔をした人間がいる? 襲ったのは、ニュイジェルマンの親玉か、それとも騒動の黒幕か)


 いくら考えても、名推理は浮かばなかった。


(全く持って意味不明な事態だ。いい展開ではない。これは早く事件の構造を見破らないと風紀は一人で踊らされる)


 ネロが車のラジオを点けると、先程の厳と角達が襲撃されたニュースが流れていた。


 黙っていても報道が耳に入ってくる。とはいえ、目新しい情報はなかった。


(情報はどこの局も一緒。本社が情報統制を取っているせいもあるが、敵が情報をリークしていなせいでもある。計画は大胆に、実行は慎重にか)


 車が厳と角の襲撃現場付近に来た。普段は空いているはずの道は警察の捜査とマスコミの車両により、渋滞していていた。遠くからでも、忙しなく動く、赤色灯が見えた。


(やっぱり、こうなるか。マスコミにとってはお祭り騒ぎだ)

 風蓮五紀の名前が入った車で、しかも、職務執行時の制服姿。


(マスコミが群がる渋滞に巻き込まれるのは、流石に勘弁だな。質問責めや、好奇の的になれば後の仕事がやりづらい。ゲームはまだまだ続くようだしな)


 遠回りになるが、抜け道に入るため、十条はネロに指示を出した。

「次を右に入れ。裏道に入る」


 片側三車線の道路から一車線の道路へと進路を変更した。一車線道路の先には、フェンスで囲まれた、農業法人所有の、畑が広がっていた。


 緑の畑の間には黄色の顔文字が書かれた真っ黒なドーム上の研究施設が所々、建っていた。


 ネロがカーナビを見ながら疑問を口にした。

「この先は企業の所有地で行き止まりみたいですが」


「地図上はな。地図の先にある企業は五紀の農業法人だ。風蓮と五紀の関連企業は風紀に対して、協力義務を負っている。ゲートの入口で身分を提示すれば私道が利用可能だ」


 私道を二十分ばかり直進し、渋滞区間を通り過ぎて国道に戻る頃には、ラジオから流れるニュースが目新しさを失い、一巡した。


 今度は十条とネロが襲撃された地点に差し掛かった。

 十条とネロに対する襲撃は、まだ報告していないので、当然、報道もされていなかった。


 十条は意図的に報告をしなかった。


(もし、死体が転がっていれば、通報しなくても警察の手が入る。が、もし襲撃犯が生きていれば、駆けつけた警官は死体に変わる。奴は、警察では手に負えなかったろう)


 風蓮五紀市には銃規制は当然あった。が、企業私兵や武装派遣会社が法的に認められていた。コネと金があれば、軍用ライフルや、自動小銃は入手できた。


 ロケット砲や爆発物になると話は変わってくる。爆薬類は規制が厳しく、企業私兵でも大企業にならなければ入手できず、管理も厳重だ。


(ロケット砲を持ち込んだ状況から判断して相手はプロだろう)


 直感的にロケット砲を撃った男は生きて、再び姿を現すと十条は感じていた。再戦しても負けるとは思わない。だが、相当な損失を出すかもしれない。


 運転席に座っているネロの頭を見ながら思った。

(悪くすれば、また求人を出さなければいけないな)


 十条が襲われた現場は、厳達の現場と対照的に、何事もなかったかのように帰宅時の車が通り過ぎていた。


 夕焼けが茂みや低木の茂る緩い丘陵を走る道路を赤く照らしていた。道路は交通の流れが変わったせいか、いつもより車が通る台数が多かった。


 今日の襲撃なぞなかったかのように、見える生活の風景があった。

(何か、手掛かりが、残っていればいいが)


 手掛かりが落ちている可能性がほとんどなかった。今度の敵は抜け目がない。されど、運不運が関係する時もある。


「降りて見るか」


 十条が襲撃された場所まで来ると、ネロに車を停めさせた。ロケット砲で襲撃された現場を歩いてみた。バイクの破片や血痕すらなかった。


 道路は舗装が行き届いており、亀裂すらなかった。清掃も行き届いているのか、空き缶一つなかった。風蓮五紀市にある平均的な管理が行き届いた道路だった。


 道路わきの茂みを探せば、何か出るかもしれないし、探させるつもりだった。けれども、何かは出ても、有力な手掛かりは出てきそうもなかった。


(道路が管理されて、清掃が入るからな。襲撃は一瞬で目撃者もいなかった)

 夕方の道路に、こうして立つと、十条とネロの襲撃が嘘のように感じられた。


 もう少し現場を歩いた。襲撃があった事実を示す痕が残っていた。路肩に十条が使用した、人造霊の不活性化ラストの塵が一摘みほど残っていた。


 人造霊だった塵を丁寧に摘み取ると、手の平に載せた。

 塵はすぐに風に流され、空に舞った。


 空に帰るひと摘みの塵に対し、十条は手を胸に添え、感謝の念を送った。

「ありがとうな」


 人造霊は発明当初は尊重されていた。大量生産が可能になると、ベルタを扱う人間ですら、消費財扱いをした。壊れた人造霊に感謝するのは、もう特異な態度だ。


 十条は変化する世界を受けいれた。でも、人造霊やベルタに対する扱いだけは変えなかった。十条は今日も役目を終えた人造霊に、感謝の念を込めて見送った。

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