第三章 疑惑の海洋庁

第19話 疑惑の海洋庁(一)

 海上の治安や交通を守る海洋庁には、船を勾留する建物や巡視船を配備した基地が存在する。


 船舶を修理するドックエリアと丘陵地帯の頂上にある灯台との、中間地点にある、新しい白い建物が海洋庁第一方面基地である。


 海洋庁の基地と灯台まではゲートで区切られているものの、一本道路で繋がれており、縦に長い敷地全てが、海洋庁のものである。


 敷地面積は空港並み。高低差だけなら二百メートルを超える風蓮本社をも抜いていた。


 車が正面ゲートを潜った。ゲートはコンクリート製の巨大な箱のような形状で、鋼鉄製のドアを二枚隔てた厳重なものだった。


 ゲートの横は高さ、一メートルほどの生垣しかない。生垣だけなので、一見するとゲートを避ければ、進入も脱出も可能のように思える。


 生垣は実は人造霊の集合体のため、緊急時には三メートル近い巨人の群れに変身するので、突破は容易ではない。


 車が二百メートルほど進み、大きな駐車場に入った。第一方面基地は建物や道がない場所は緑の草原が広がりっており、草原には羊がまばらに放たれていた。


 これまた一見、羊にだが、中身は動物型傀儡。羊型傀儡助は草が伸びすぎないように、カットすると共に監視装置を兼ね備えていた。


 第一方面基地は海辺の観光地の牧場のようにも見える。が、内情は逃亡も奇襲にも備えた基地だ。


 駐車場は昼過ぎだが、車を駐める場所に苦労しないほど空いていた。

 車から外に降りると、海洋庁の巨大な白い建物の正面玄関に向かって歩いていった。


 十条は気を引き締めた。

(向井は本当にいるのか? もし、海洋庁に犠牲者が出てなくて、向井と会えなければ、事件は、とんでもなくでかい何かが絡んでいる可能性がある)


 受付から担当まで回され、待たされた。海洋庁は船員と十条の面会を渋っていた。


(確かに一度海洋庁に向井を渡した以上、急に横から割り込むのは礼儀に反する行為だ。いつもなら、普通の対応だ。いつもならな)


 待ち時間が長くなるほど、心に浮かんだ疑惑の闇が拡がった。


(向井は海洋庁には既にいないのではないか。海洋庁は面会できない何かもっともらしい、理由を考えている最中ではないのか)


 二時間粘って、最後は別室から乗組員の取調べの様子をマジックミラー越しに見るのを許された。


 マジックミラー越しに、向井と転がっていた死体にそっくりな二名の人物が、取調べを受けていた姿があった。


(いったいどうなっている。なぜ、船員と襲撃犯が同じ顔をしている。向井は本物なのか)


 向井の取り調べを受ける様を観察していた。されど、取り調べに応じているのは、船で会った向井だった。


(向井が取調べを受けているのなら、襲撃現場で死んでいたのは、向井にそっくりな人物ということになる。もっとも、海洋庁が敵に組織ぐるみで取り込まれていれば。身代りくらい用意してそうだが)


 思いついた考えを即座に否定した。事件の全容はわからないが、海洋庁を取り込む、まで大きいとなると、当然どこかで情報が漏洩するはず。


 ボスの東が何も気付かないはずがない。

 向井と取調官とのやり取りを聞いていた。だが、滞りなく船のことについて語っていた。


(向井は本物? だとしたら、なぜ向井の偽者になりすまして風紀を銃撃した。襲撃犯は向井が逮捕されたのを知らなかった? いや、襲撃犯は、ずっと厳と角を尾けていたはず。逮捕を知らないわけがない)


 向井の様子を確認後、十条は海洋庁の人間で護送に関わった若い男性職員を見つけた。名前は知らないが、橘といっしょにいるのを良く見た。


「ちょっといいか、風紀の十条だが、護送中何か不審な点はなかったか」


 職員は十条の質問の意味がわかならいといった顔をした。次に、友人に趣味の前衛美術の絵でも見せられた、かのような変な顔をされた。


「いいえ、何も」

 職員は十条にかまっていられないと、ばかりに早足で歩いていった。


 職員の表情や態度に演技は見られなかった。もし、海洋庁が船員と向井をどこかで入れ替えたらとする。橘なら見事にシラを切れるが、若い職員には無理な芸当だ。


(海洋庁は関与していないのか。確かに海洋庁としても、闇で誰かに協力するなら、理由をつけて橘を外すはず)


本当に何もないなら、襲撃の一報が入っておらず、被害がない海洋庁にしてみれば当然の反応だ。


 ネロと十条は海洋庁を後にして、風紀委員会ビルに戻るために車を走らせた。


(わからない。まるで、ブル・アンド・ベアでのマジックの国際大会でも見せられているようだ。いや、きっと向井のそっくりな人物が襲撃に加わったのには、きっと何かの意図があるはずだ)

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