第18話 港、道、船員(九)
十条とネロが応援に駆けつけた頃には、戦闘は終わっていた。
厳と角が載っていた装甲車は、車両のてっぺんに付いた機関銃がへし曲がり、アチコチが凹んで、銃創の痕が風蓮五紀の名に刻まれていた。
周辺には、風蓮五紀の名が入った黒いスーツを着た傀儡助が路上に転がっていた。
傀儡助の近くには、手足や頭も転がっている状況から、戦闘の激しさを窺わせた。
もし、人間なら、間違いなくバラバラ死体だ。
角と厳だから、簡単にはやられないと思っても、十条は思わず目で、厳と角の体を探してしまった。
車の無線を取った。十条の頭を最悪な答が過ぎったが、十条は悪い考えを追い払い、装甲車に連絡を取った。
「こちら、十条。厳。角。無事か」
すぐに無線の先から、聞き慣れた厳の声が聞こえてきた。
「なんとかな。俺は何発か貰ったが、厚い新型アーマーで全弾が止まった。兄貴も無事だ。もっとも、傀儡助八体が全て潰されて、哨戒用の小型遠隔ヘリも落とされた」
厳の声に、体に張り巡らされた緊張と不安が抜けるのがわかった。
職場が職場なので、職員が殉職する事態はざらにあった。葬儀に出て遣り切れない気持ちにもなったのも数知れない。
角や厳は付き合いが長いく特別な友人だ。失えば大きな喪失感を覚えずにはいられないだろう。
十条は心情を隠すように、平静を装い声を出した。
「なんとか、か。でも無事ならよい」
「実際、危なかった。リンダの応援が間に合わなかったら、俺たちは危なかった」
リンダは正確には風紀の人間ではなかった。十条のボス、東が個人的に密かに雇用しているアウトロー。
ハッキング、傀儡助を操作した支援、尾行などで影から十条をサポートしてくれる。だが、姿は知らなかった。リンダは一人ではなく、複数いるのかもしれないが、謎だった。
「厳。いま、中か」
「装甲車の中で角に手当てしてもらっている。ああ、それと、さっき連絡が入ったんだが、本社から武装ヘリが二機、こちらに向かっているそうだ」
十条は会社のレスポンスの悪さに愚痴った。
「遅すぎるって。まあ、私たちも間に合わなかったけどな」
戦闘の終結を確認した十条が、車から降りると、ネロも降りてきた。
早速、明らかに襲撃者の物と思われる、覆面をした死体に近づいた。
死体の人物は背が高く、防弾用のジャケットに軽機関銃を持ったまま倒れ、血の海に浸っていた。
襲撃者の覆面を剥いだ。
襲撃者の顔は何処かで見覚えのある顔だった。
(こいつ、見たぞ。だが、どこでだ)
記憶を探ったが、記憶に掛かった霞は晴れなかった。
十条を呼ぶネロの大きな声がした。
「十条さん。来てください。こっちにも襲撃者と思われる死体があります」
直ぐに駆け出し、ネロの元に行った。同じような格好で、機関銃に胸を打ち向かれた死体があった。
(こいつも、見た記憶ある。どこだ、どこで見た)
十条の中で記憶が繋がった。
(襲撃者は、先ほど捜査に入った船で見た船員の顔。まさか、海洋庁の奴ら、全滅したか)
襲撃者が船の乗員なら、海洋庁を襲って、仲間と合流したあと、風紀を襲撃した可能性があった。
厳と角ですら生きているのが不思議なのだ。もっと武装度が低い海洋庁の職員なら、二十名ぐらいでは、皆殺しになっていてもおかしくなかった。
十条は勘に従わなかった選択を歯噛みした。海洋庁に引き渡す時点では、船員が居直って襲ってくるのは、全く想定していない事態だった。
嫌な考えが頭に浮かび、十条は直ぐに枝言霊を取り出した。枝言霊は頭をクルクル廻すだけで、どことも繋がらなかった。
敵の周到さを改めて知った。
(この場所で言霊の通障害は、ありえない。やつらの妨害工作が、まだ有効なのか)
急ぎ車に戻った。風紀の車両に積んである無線は、多少の電波妨害をものともしない特殊チャンネルを使用できる代物だった。
もっとも、特殊チャンネルは通信先として本社を仲介するので、本社全て傍受されているし、会話は風紀車両同士でしかできない。
速やかに危機を伝えた。
「角。すまないが、海用庁に至急、連絡を取ってくれ。今回の襲撃犯の中に、さっき海洋庁に引っ張られていった奴とそっくりの顔がある。もしかすると、海洋庁の奴らも襲われているかもしれない」
角が十条の言葉の重大さを理解し、早口に返答した。
「わかった。だが、本社経由だから、時間が掛かるぞ」
「言霊は繋がらない。連絡を頼む。あと、厳を出してくれ」
一旦、無線が切れ、音に少し雑音が入った。おそらく、厳が所持している携帯型無線と繋がったのだろう。
「厳。襲撃犯は全部で何人いたか、わかるか」
「詳しくは車載カメラの映像を解析しないとわからない。が、戦闘をした感覚から、六~八だろう」
先程海洋庁に連れて行かれた船員を思い出す。
(確か、連れて行かれた人数も、六名だった)
車の外で現場を見て周っているネロに声を掛けた。
「ネロ、他に襲撃犯の奴らはいないか」
少し離れた場所にいたネロが答えた。
「おそらく、これもそうでしょうが、爆発物でやられたのか、死体の損傷が激しくて分かりません」
戦闘が激しくなれば、死体が全部、見つからない事態は珍しくはなかった。
ネロが立つ場所に行くと、バラバラになった死体が転がっていた。
即座に、頭部を捜すため視線を走らすが近くにはなかった。
顔がわかれば、風紀の犯罪者データ・ベースで、詳しい情報がわかる可能性があった。一人より、二人。二人より三人の情報があれば、ヒットする確率は上がる。
「ネロ、これの頭を探せ」
ネロの顔は明らかに不満そうだった。ネロは現場を荒らされるのを毛嫌いする警官みたいな発言をした。
「鑑識を待たずに、襲撃犯の顔を確認するんですか」
「さっき私が見つけた奴を見たか。あいつも、お前が見つけたのと同様、捜索に入った船に乗っていた奴に似ている」
ネロも十条の危惧する事態を理解して、顔を曇らせた。
「まずいことになりましたね」
十条はバラバラ死体を見下ろし、苛立った。
「今、確認を取っている」
二人で辺りを捜索すると、バラバラ死体からやや離れた草むらの中に、顔らしき物を発見した。
顔は二人とも覚えていた。向井そっくりだった。
十条とネロは言葉を失った。ネロの顔にも信じられないと言いたげな、表情が浮かんでいた。
向井と別れる時に気になった違和感を追求せず、海洋庁に引き渡したのを十条は後悔した。
十条の判断は一般的に間違ってはいない。けれども、相手は風紀の足元で銃撃戦をやるという、暴挙ともいえる行動に出た。
流れる時間は長く、海洋庁職員の安否が気になった。
ガチャリ。装甲車の扉が開き、手当てが終わった厳が姿を現した。
厳の足取りは、いつもと変わらず、本当に怪我は浅かったようだ。
十条は厳を心配して、言葉を掛けた。
「こんだけ、派手な戦闘をやらかして、大丈夫なのか」
「体はなんともねえ。だが、予算は補正を組んでもらわないとな」
厳は笑いながら、ジョークでも言うように、話した。
厳の態度は十条を心配させないための、気遣いなのは明白だった。
直に戦った現に感想を求めた。
「転がっているのは襲撃者の死体は三名だが、残りは逃走したのか」
厳は、いなくなった相手には特段興味がないのか、素っ気なく答えた。
「さあな、だが、奇襲から撤退まで見事な手際の良さだ。プロの仕事だな」
ネロが当事者の厳に確認を取るように聞いた。
「一般の船の乗員が、ここまでできるんでしょうか」
「訓練を積んでいれば、船の運転も戦闘もできるだろう」
ネロの発した疑問に、共感していた。
(単なる船乗りには、技術的にもメンタルの面でも無理な仕事だ)
十条は異なる感性を持つネロが、どんな意見を持っているか尋ねた。
「ネロはそこに違和感があるとでも」
ネロが静かに考えを述べた。
「臭いです。船の全ての部屋を見て回ったわけではありませんが、船は何年も使われていたにしては、軍人や犯罪者の生活観のようなものを、感じませんでした」
厳がネロの感覚に疑問を挟んだ。
「最近船が運航停止になって、乗組員が替わったという状況は考えられないか」
十条も厳の意見には賛成できなかった。
「厳。それは考えにくいな。会社が秘密の不正行為をするのに携わる人間をコロコロ変えるとは思えない」
(ネロの直感は案外、馬鹿にならないのかもしれない)
厳が何かを言おうとしたが、言葉を引っ込めた。厳のガスマスクについている型無線のイヤホンから音が漏れてきた。
厳が怪訝そうに述べた。
「十条、兄貴からだ。海洋庁の連中に連絡が取れたそうだ。取れたんだが、海洋庁の話では全員が無事に戻ってきているそうだ。船員六名は荷物を持って、きちんと拘留用の部屋に入った。今から六人の取調べを開始するそうだ」
嫌な予感は外れたが、こうなると、今の状況に納得はいかなかった。
(なんだと、じゃあ現場に落ちている首は何だ。いったい何が起きているんだ。直接行って見るしかないか)
「すまない、厳。後始末は頼む」
十条は車に向かった。すぐに後をネロが追いかけてきて、運転席に乗り込んだ。
ネロがシートベルトを掛けながら、十条に頼む。
「官庁の大体の場所は覚えてきていますから、近くまで来たら誘導願います」
「港湾地区に入ったら灯台のほう進めば良い」
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