第16話 港、道、船員(七)

「向井さん、この前面にあるドラム缶を避けて、奥の缶を出してもらえますか」

 向井が十条の言葉に驚き、眉が上がり声が大きくなった。


「なんと言われました。ドラム缶は見ての通り、一ケース毎に固定されています。奥のドラム缶を出すなら、一旦、船の上部を開けて、クレーンで持ち上げてから陸揚げしなければなりません。ですが、船にクレーンはありません。今からクレーンを手配しても、二、三日は掛かりますよ。それに、船には千五百のコンテナが積まれています。一度の積み下ろし作業をするにしても、金額も時間も掛かりますよ」


(言われなくても、わかっているよ。前面は本物で、奥に偽物を積んでいるんだろう。密輸じゃ珍しくもなんともない)


 向井の反応に対して、クールに返した。

「ご心配なく。人員やクレーンは、風紀で既に用意させてもらっています。一旦、全ての荷物を下ろしてから、積み直すことも可能です。もちろん、何もなければ、の話ですが」


 向井は十条のセリフに対し、呆れたような態度で同意した。

「わかりました。甲板上に人がいないのを確認したら、甲板のハッチ部を開閉するので、ブリッジに行きましょう」


 現時点では向井は関与していても、九割方全容は知らないと思った。

(さしたる抵抗もなしか。まあ、そう簡単に全てを知る関係者は、手に入らないか)


 十条はネロから機械を受け取った。今度は手早く分解しケースに戻し、ネロにケースを持たせた。


 間もなくして厳が、大きなクレーンと、荷降ろしの人員を伴ってやってきた。

 違法輸出をしている可能性については、ほぼ間違いなかった。仮に偽情報だとしても、十条の実績からいえば、何もなくても、形式通りの始末書一枚で済む。


 荷降ろしが十条の前で開始された。

 厳の操るクレーンが音を立て、次々とドラム缶を括ったコンテナを下ろしていった。


 自分の正義のために仕事をしている。けれども、ギャンブルの要素を含む立会いには、ちょっとした楽しさを感じていた。


 十数個のコンテナが下ろされた辺りで再び、先程と同様にケースから機械を出して当てた。今度は、先程とは別の波形が映し出された。


 波形は知っていた。未処理ラストだ。コンテナの奥には未処理のラストが積んであった。パースィマンの情報が正しかった。


(まず、ニュイジェルマンをゲットだ。これで、残りの敵はニュイジェルマンの親玉だけ。とはいかんだろうな、今回の情報、地下銀行の支店長が知りえる情報ではない)


 誰かが風紀を利用しようとしているのは明白だった。ニュイジェルマンの親玉と敵対する、誰かだ。


 十条は宣言した。

「波形は間違いない。未処理の有害ラストだ」


 向井が十条の発言を聞き、信じられないとばかりに異を唱えた。

「そんな、積荷は不活性化ラストのはずですよ。何かの間違いでは」


 ネロが再び下ろされたばかりの積荷の一つに、無造作にプローブを当てた。画面に同じ波形が写し出された。


 次々と下ろされ続けるコンテナのドラム缶に、プローブを当てて行くと、どれも有害ラストの尖った波形が映し出された。


 十条は向井に事実を宣告した。

「向井さん。どうやら、幾つか有害ラストの缶が混じっていた、のではないようですね。表面に積み込まれていたドラム缶にだけに不活性化ラストが混じっていた、と考えたほうがよさそうです」


 十条の指摘した事実に向井がうろたえた。

 この場を逃れようと、向井が懸命に早口で弁明した。


「私は知りません。会社との取引は、全て船長がやっていたことです」

 ありがちな言い訳だった。向井の関与は現時点で白でも黒でも灰色でもない、不明だ。もし、犯罪をやっている黒だとしても、淡い黒だろう。


 だが、十条には、白いシャツに飛んだミートソースのシミに似た小さな汚れのような引っ掛かりがあった。

(何か引っかかる。向井は違う何かを隠しているのか)


 蝙蝠の耳のように十条の勘は鋭敏だ。勘が向井から隠された「何か」の存在を嗅ぎ取っていた。


 十条は少し迷った。勘が騒ぐ時は、簡単には引きさがらない。とはいえ、海洋庁の手を借りた以上、向井を海洋庁に渡すのが仁義だ。


(勘か、仁義か。さて、どうする)

 今回、勘に拘るより、海洋庁の顔を立てると決めた。十条は向井を海洋庁の職員に引き渡した。


(海洋庁に引き渡せば、どうせ二週間は逃げられない。じっくり煮込んで料理させてもらう)


 船長と連絡を取ろうとした向井だが、結局、船長とは連絡が取れなかった。

 向井と船員たちは、数台の車に分けられて、海洋庁の職員に連れていかれた。


 端末のデータのコピーを取っている、海洋庁の若い職員を捕まえて、もう一部バックアップを作らせて受け取った。


(さて、ここまでは誰かの書いた筋書き通りか。手柄も立てたから風紀の面子も立つ)


 他の職員なら深入りしないで、手打ちにする方法も考えただろう。だが、十条は立ち止まらなかった。

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