第15話 港、道、船員(六)

 コンテナ船の大部分はコンテナを収納するスペースで占められており、一番下まで行くには、少々距離があった。


 船内は白い照明に照らされているので暗くはなかった。クリーム色の壁に覆われた空間の中を、螺旋階段が下へと続いていた。


(外壁の色から判断して購入時に一度は手を入れてあるようだな。ニュイジェルマンはもっと、長く船を使う気だったのか。違法輸出の露見はないと想定していたわけか)


 薄暗い船内に十条の金属製ブーツの足音が響き、大きな扉の前で止まった。

 向井が近くにぶら下がった、コントローラーを操作すると、巨大な扉はモーター音を上げ、ゆっくりと開いていった。


 扉の向こうは、広い空間になっていた。広大な空間には、灰色の特殊なドラム缶が八十本単位で特殊な金属枠のコンテナに填められ、固定され、山と積まれていた。


(清掃も行き届いているコンテナの固定方法、積み方に問題もない。過積載もしていない。これで、中身が合法なら、教書通りの優等生だな)


 十条が足を一歩踏み入れると、先程の通路とは違う足音がしたので、歩みを止めた。


 足元から複数のベルタの気配がしていていた。十条は床を見ると、クリーム色の床の表面は特殊樹脂コーティングされておりベルタでなかった。


(特殊樹脂とベルタでサンドイッチ状の構造になっているのか)


 改めて壁を見ると、クリーム色の壁も不通のコンテナ船の壁ではなかった。壁は特殊樹脂で、樹脂を挟んで床同様にベルタの気配を感じた。


(なるほど、入れ物が特殊鋼管製の専用ドラム缶で、床と壁がベルタ運搬用の規格素材。運んでいる物を知っている人間は、流出事故に備えている。百年先の環境を、慈愛の眼差しで見つめるニュイジェルマンは、あながち嘘ではないようだな)


 考えを隠して向井に質問した。

「向井さん。このホールド(貨物倉)、普通のコンテナ船と、作りが違いますね」


 向井は海洋庁の職員が大勢現れたから、厄介ごとになったのを理解したのか、どこか不安げだった。


 向井の口調が多弁で早口になった。


「船は会社ができる時に買った中古船で、購入時からホールドがこういう仕様になっていたそうです。何でも、改造してあるので、普通のコンテナ船より安かったそうですよ。まあ、荷物を運ぶ上では問題ないですし、なんせお金がない会社ですから」


 向井の説明は、明らかにおかしかった。

 ホールドの作りは船体の作りよりも新しい。ホールドは本来あったものに、手を加えた証拠だ。


(普通のコンテナ船より、特殊なホールドに改造するほうが、金は掛かる。船に詳しい向井が知らないとは思えない)


 なんとなくだが、向井が置かれた立場を理解した。


(なるほど、会社が何をやっていたか詳細は知らないが、何かおかしいとは感じていた。給与のいい職を維持するため、目を瞑ってきたか。よくいる、俸給奴隷だな)


 コンテナ船のホールドを、もの珍しげに見ているネロに命令した。

「ネロ。ケースを開けろ。確認作業を始める」


 ネロが金属ケースを開けると、黒い箱、コードが巻かれた輪、マイク状の物体二点と、付属品が入っていた。


 ネロを常に試すように心掛けていた。

 付属品をネロに見えるように、ゆっくりと組み立てた。


「覚えておけ。次からは、お前の仕事だからな」


 人は試さなければわからないし、成長もしない。もし、ネロにやる気があるなら、途中まででも覚えるだろう。覚える気がないなら、教育方法を変えなければならない。


 組み立てた装置を、黒い箱の端子に接続し、箱を開き、スイッチを入れた。

 箱の中のモニターに、白黒の画面が映し出された。


(機械は正常に動いている。あとは未処理ラストの波形を捉えれば、とりあえずニュイジェルマンはタダでは済まなくなる)


 機械が正常に動いているのを確認した。

 マイク状の物体をネロに渡し、一番右端のドラム缶を指差した。


「ネロ。先端プローブを、右端のドラム缶から垂直に当てていけ」

 ネロが十条に言われるがままに、プローブと呼ばれる部分をドラム缶に当てていった。


 モニターの画面に穏やかな白い波形が映し出された。波は丸みを帯びており、間隔も広かった。波形は処理済の不活性化ラストを示していた。


 ドラム缶の中身が不活性化ラストでも、驚きはしなかった。船への丁寧な積み込み、洗練された書類を用意する相手だ。


(調査がしやすい表面には、問題ない積荷を置いてカモフラージュくらいするだろう)


 モニターを見ながら、ネロに指示を出していった。

「缶に当てたら、上から下までゆっくりなぞり、下まで行ったら手元の記録ボタンを押せ」


 黙ってネロの作業を監視しながら、さりげなく、隣に移動してきた向井の顔色を窺った。


 向井は平静を装をおうとしているのだが、十条から見れば、不安がありありと見えた。


(向井は犯罪に加担するには小物すぎる。ないしは文化賞もの役者だ。まあ、役者にしては、華がないがな)


 ネロに次の指示を出した。

「もう、そのへんでいい」


 作業を始めて、まだ時間がそれほど経っていないせいか、ネロから疑問が出た。

「まだ、ドラム缶十個も調べていませんよ」


「いいから、もう一つのプローブに変えて、調べたドラム缶を同じ要領で作業しろ」

 十条は箱のスイッチを切り替え変え、ネロにもう一つのプローブを渡した。


 ネロがプローブの先端を不思議そうに覗きながら、確認してきた。

「これは同じ物ですか」


「これはデータから中身を解析して予想図を出すのに使う」

 ネロがプローブを付け替え、再びドラム缶に当てた。


 今度は画面に隙間の粗い砂粒の映像が現れた。

 ネロが検査したドラム缶はデータからいって、不活性化ラストと見て間違いなかった。


 さて、ここからが本番だ。果たして向井は、この後どう反応するか見ものだな。

 画像を見ながら、隣の向井に探りを入れた。


「波形と画像からすると、確かに不活性化ラストのようですね」

 向井は平然と答えた。

「書類の記載通り、不活性化ラストですから当然ですよ」

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