第13話 港、道、船員(四)
早速、疑問をぶつけた。
「ところで向井さん。貨物船は、かなり大きな船のようですね。ですが、船長室に来るまで他の船員が見かけませんでしたが、どうなさいました」
向井が少しだけ情けない表情で、事情を説明した。
「船は今、運航を停止しているので、大多数の乗員は陸に上がっています。乗員は全部で十三名ですが、現在、船内にいるのは、私も含めて六名ほどしかおりません」
外洋を航行する千五百TEU(TEUはコンテナの可能搭載数)のコンテナ船なら、風紀の法律では最低必要人員は十一名、法令上は特に問題はない。
船が運航できないので、船員を陸で待機させるのも、わからなくはない。けれども、違法取引をしているなら、船から人を降ろさないほうが都合が良いはず。
自然に話を進めた。
「運行停止の理由については」
向井が困ったように答えた。
「理由は、わかりません。会社の通達で、船長からしばらく運行を見合わせるとしか聞いておりません」
向井は事情を知らないように見えた。演技の可能性もある。副船長という肩書きも微妙だ。
(向井は船の運航だけを任されただけなら、知らないだろうが、知っていての演技かもしれない)
部屋を見回し尋ねた。
「船長室には端末の類が一切ないようですが、船長は他の部屋で仕事をなされていましたか」
「いいえ、船長はいつもノートパソコンを持ち歩き、それで仕事をしていましたから」
少しだけ思案するフリをして、要請を出した。
「では、向井さん。残っている船員の方を操舵室に集めて事情を説明し、協力するように指示をお願いします。船長には連絡を取って、戻るように伝えてください。あと、航海日誌も用意してください」
航海日誌の提出に関して本来は別な書類が必要だが、十条は提示しなかった。もちろん、書類はネロに持たせてあった。
副船長である向井は書類の提示がないので、拒否できる事実を知っているはずだ。
任意の形にして、向井の協力する姿勢を試した。
(もし、向井が会社の不正を知っていれば、抵抗するはず。向井が関係者なら、足がかりが掴める)
十条の要請に向井は素直に従った。
「わかりました。ただいま、準備します」
向井が部屋から出て行った。
ネロが少し不安げに、ごく当たり前の忠告をするように発言した。
「いいんですか、十条さん。向井、一人にして。証拠を処分しかねませんよ」
向井が証拠を消しに懸かったのなら、見抜く自信があった。
「さあな。だが、そうすれば、向井は不正について関与している。関係者一名ゲットだ」
向井から渡された書類をチェックした。書類にはラストを不活性化した処理の記録と、不活性化ラストの積み出し許可があった。
ベルイジュン国からの不活性ラスト製品の積み出し許可書も揃っていた。
(なるほど、パースィマンが持ち出した資料の一部は、船の金庫にある書類の写しだったのか。となると、船には情報を持ち出したスパイがいるのか)
スパイが船内にいたのなら、パースィマンの情報がガセではない。
(本物の中身についての書類が、どこかにあるのか)
書類のチェックを終えると、他の壁面書庫を開けてみた。けれども、捜している裏書類は存在しなかった。
金庫の中も覗いて見たが、予想どおり裏書類らしきものはなかった。
(金庫を開けっ放しにして、見てくださいと言わんばかりなんだから、何もなしなのは、当たり前か)
船長の机や部屋の隅を捜索した。通信用のケーブルやハブの類が、船長室にはなかった。
電話の接続モジュールを見ても埃が付いており、頻繁にノートパソコンに接続している形跡は見当たらなかった。
先程、船の中を歩いた時にも無線LANの設備も見当たらない。
(秘密の作業は秘密の部屋で、か。丁寧な仕事だ)
十条の枝言霊が鳴き声をあげた。枝言霊の顔には、着信が厳と表示されていたので、通話に出た。
捜査の開始の号令を出した。
「十条だ。撃合いになりそうな感じはない。海洋庁の職員を上げてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます