第11話 港、道、船員(二)

 十条は組んでいた足を解き、ネロに説明した。


「ニュイジェルマンの製品販売促進用の資料だと、こうなっている。国内で集めたラストを不活性化処理して、国外のベルイジュンの工場で加工。加工ラストを自社で製造する人造霊の途中まで造った仕掛品として持ってくる。国内でラストを廃棄せず、資源としてリサイクルし、高くついたコストを人件費が安い外国生産で吸収する。手間暇は掛けるが、百年先の環境を、慈愛の眼差しで見つめる企業ニュイジェルマン、だとさ」


 からくりを聞かされ、ネロの怒りは炭火のように静かに、燃えているようだった。


「でも、実際は国内から処分料を貰ってラストで持ち出し、ベルイジュンで廃棄して処分料を浮かして儲ける。何が『百年先の環境を、慈愛の眼差しで見つめる』ですか。不法投棄のピンはねじゃないですか」


「そうだな。でも、儲けたいのがニュイジェルマンだけなら、いいがな」

 ベルタ取引の実態を知らないネロは、素朴な疑問を述べた。


「ニュイジェルマンを操る奴が、裏にいる」

 事件がニュイジェルマンだけで終わるとは思えなかった。


 ニュイジェルマンの小さい企業は不正が命取りになるから、犯罪露見リスクを取れない。

 犯罪を行うのは、大きな企業が多かった。


(ニュイジェルマンは、確かに仕留める。だが、問題は先にある。ニュイジェルマンの親玉。いや、敵がニュイジェルマンとその親玉、二人だけならいいのだが、敵が親分、子分の二人だけとは限らない)


 ネロに別の疑惑も教えた。


「操るのか、あやかるのか、わからないが、他に噛む奴がいなければ、年間四万体を製造するのに六万体分の原料の調達する理由が必要だ」


 ネロが闘志を燃やしながら、意気込んだ。

「だとすると、早急に船を押さえて捜査を早めないと、黒幕には逃げられますね」


(それはそうなんだが。そう、うまくはいかんだろうな。運なら平均に回帰するだけで済む。だが、イカサマ博打なら、マイナスに割り込むだろう。今でのツキが一気にひっくり返って、七難八苦が降りかかるだろう。まあ、それでも進むしかないがな)


 せっかくやる気になったネロの士気を下げないよう、事実だけを伝えた。

「海洋庁の人間に聞いたところ、船は荷物を積んだまま一月前から停泊中だそうだ。今までは記録では、荷物を積んだら直ぐに出航していたのに、だ」


 ネロは俄然、興味を示し少し興奮気味に聞いてきた。

「何かトラブルがあった」


「可能性は高い」

(もしくは、トラブルを仕掛けられたかだが、詳細は直接飛び込んで見ないとわからない)


 車が工場群を抜け、港地区に入った。港区に入ると、大型トラックが走りやすいように、道幅が広くなっていた。


 港区には、港から陸揚げされた貨物が運ばれる倉庫が立ち並んでいた。倉庫は大企業直轄の数階立ての建築物もあれば、中小企業向けの平たい貸し倉庫もあった。


 もちろん、一番いい港に近い立地にあるのが大企業向けだ。倉庫の他は、大きな輸送トラックがズラリと並ぶ運送会社が並んでいた。


 港の中止から外れると、二十四時間営業の船員向けの浴場を併設した娯楽施設や、食堂もあった。


 港が二十四時間運用のため、人通りが絶えることはない。とはいえ、夜は倉庫からの窃盗を防止するために、頻繁に警備会社が巡回していた。


 港に三百メートル越えの多数のコンテナ船や、ベルタ運搬船が絶えず停泊していて、活気があった。


 海上には積み込みを待つ船が間隔を空け、列になっており、海上に大きなクラゲ状人造霊が誘導に当っていた。


 目的とする場所はまだ三十分以上も先だった。車が進むにつれ、賑わいを見せるベルタ運搬船やコンテ船専用のターミナルから離れて行った。


 先にあるターミナルは船の停泊もまばらで、建物の塗装は塗り直されていなかった。


 建物塗装が所々剥げているのが、よりいっそう寂しさを演出していた。

 ネロが十条の指定した場所に車を停めると、当然の感想を口にした。


「さっきのターミナルとは印象が違いますね。こっちは広さの割には随分船が少ない」


「国で一番古いターミナルだからな。昔は混雑がひどかった。でも、経済発展の過程で二度の増改築を経て、ベルタ運搬専用ターミナルとコンテナ船専用ターミナルの新しいターミナルができて、旧ターミナルに来る船が減った。さらに、中央市場と卸の総合物流センターも三年前に風蓮五紀市の外れに移動した。もっとも、再開発計画が浮上しているから、今後はどうなるかわからないがな」


 ネロが険しい視線で、窓の向こうの船を見つめていた。

「コンテナ船の専用ターミナルがあるのに、旧ターミナルに停まっている、いわくありげなコンテナ船が目的の船ですか」


 船の近くにある倉庫の一角を指差した。


「疑わしい目で見ると、気になる点がまだ多々ある。ニュイジェルマン規模の会社が普通貨物を運ぶには倉庫会社や海運会社を使うのが普通なんだか、ニュイジェルマンは、わざわざ小さな子会社を作って、自前で船や倉庫を調達している」


 枝言霊を取り出し、厳に連絡した。

「こちら十条、準備はいいか」


 無線の向こうから厳の独得の声が返ってきた。

「海洋庁も配置に付いた。何かあれば、いつでも包囲できる。荷降ろし用クレーンの準備もできている、やってくれ」


 ここまでは、誰かの筋書き通りだが。ニュイジェルマンにとっては寝耳に水だ。激しい抵抗を受けるかもしれない。


 ニュイジェルマンの表看板は、登記も納税もある、まっとうな企業だ。撃合いには九十九%ないと信じたい。とはいえ、ただでは終わらない、そんな予感がしていた。

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