第7話 始まりは地下の暗がりで(七)
外に出ると暖かな星空の元、良い風が吹いていた。風蓮五紀市は年間を通して雨量が少なくい。気候は温暖で冬になっても雪が降ることは滅多になかった。
風蓮五紀市に走る地下鉄はX状に延びていた。
今いる駅は市内のから外れた一番外れの場所にあった。駅の前方には大きな公園が広がっており、後ろが駐車場と巨大テーマパークのため、夜遅くになると静かだった。
(通報は終電が過ぎたあと。場所が郊外だから、他人の目に付かない。地下銀行の営業を考えるなら辻褄は合う。だが、本当にそれだけか、風紀との取引まで最初から想定の内だったのではないか)
十条の前に一台の六輪の装甲車がやってきた。厳つい装甲車の横には、大きく風蓮五紀の文字が記してあった。
(車体が綺麗だな、対した抵抗にも遭わなかったらしい。抵抗されて無傷なら、喜べる。でも、無抵抗で無傷というのは、どうも、うまく行き過ぎている)
なんだか映画のセットに入ってしまったような、違和感を覚えた。
装甲車は十条の前でゆっくり停まると、助手席から仲間の厳が降りてきた。
厳の背はパースィマンより高いが、十条よりは低かった。横幅はそれなりにあるので、ガッシリとした体格をしていた。
厳は特殊部隊が着る黒の防護スーツを着てヘルメットを被り、ガスマスクで眼から口までスッポリ覆っていた。
ヘルメットの下から覗く髪の色は白く、ある程度まで年齢が行っていることが伺えた。
厳が口を開くと、さっき枝言霊の向こうから聞こえたのと同じ、太いだみ声がした。
「十条、お疲れ。そいつは俺達の車で預かる」
「よろしく頼む、厳」
厳は声に楽しさに滲ませて返した。
「なあに、こっちは大量に容疑者を輸送するつもりできたのに、結局、逮捕者ゼロだ。帰りが兄貴と支配下にある傀儡(でく)助(すけ)だけじゃ寂しいってもんだ」
傀儡助とは、遠隔操作ができる人型のアンドロイドだ。ベルタを利用し、電子情報科学技術のみでは再現が難しかった、俊敏な神経伝達情報処理系の構築と、簡易だが知性を備えていた。
装甲車の後ろが開いた。
中には十条と同じ背丈ぐらいで、厳と同じ格好をし、のっぺりとした頭部に札を貼って小さな角を生やした八体が座っていた。
装甲車の入口に近い、二体の傀儡助が寸分たりとも違わない動作で、同時に立ち上がった。装甲車から降りた傀儡助はパースィマンの左右に来ると、装甲車の中に連行していった。
パースィマンを連れて行った傀儡助を見て、ネロが感心した。
「人型傀儡、それも一人で八体も操作できるんですか」
厳はネロの反応が気に入ったらしく機嫌よく講釈した。
「おうよ。人間が入って簡単に動かせる傀儡(でく)衣(い)、ってのもある。着ぐるみ屋っていう正体不明の傀儡使(でくし)は、動物にも化けられるそうだ。兄貴が使うのは遠隔操可能な傀儡助だ。で、そっちの被害は?」
被害はない。作戦が成功した結果だ。今回はニュイジェルマンの企業犯罪へと繋がる情報も得られたので、結果から言えば大成功といえた。
大きすぎる成果を疑った。
(本来、作戦とはうまくいかないものだ。うまくいくときはツイている時か、踊らされている時だ。今がツイている時だとは思えない)
考えを隠して、厳に報告した。
「ネロが人造霊に突き飛ばされて負傷したくらいだ」
ネロが気分を害したのか、すぐに訂正した。
「あんなのケガには入りませんよ」
ネロなら案外車に撥ねられても、怪我はしないだろう。されど、今からゲームが始まるならクズカードでも集めておく必要がある。
ネロに釘を刺した。
「人造霊に突き飛ばされてケガしたんだ。あとで、パースィマンの拘留期限を延ばすのに使うかもしれない。報告書には記載しておけ」
「そうだな。ケガ人一だな。じゃあ、俺は風紀の地下に戻るよ」
十条と厳は同じ風紀委員会ビルで働いている。けれども、厳と角は上階の事務室にではなく、ビルの地下にある工場と呼ばれる場所に、好んでいる時間が多かった。
厳が踵を返し装甲車の助手席に乗り込んだ。装甲車はゆっくりと夜の道へと走りだした。
厳達を見送った十条は駐車場に停めてある、ネロの白い普通車の後部座席に乗り込んだ。
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