第6話 始まりは地下の暗がりで(六)

 もう一度枝言霊を取り出し、厳に確認の連絡をとった。

「十条だ、チェスナットが金と取引の記録を押収されたってのは本当だな」


 機械で変換されたような厳の声が直ぐに返ってくる。

「金は全部で約三百万円、取引については、メモ書きで今回の分だけ記録されている。他にはたいしたものは持ってない」


 地下銀行の客の中に、大物の取りこぼしがないように十条は確認した。

「他に捕まえた奴からは何も出てないか」


「ああ、前科前歴もなし。あるのは少々の小銭だ。他は今回の取引の受取証のようなものしか出ていない」


 ちょっとしたひっかかりを感じた。

(不法就労者が十人集まって、全員、前科前歴がないだと。普通なら誰か一人くらい、密入国で以前に捕まっていても不思議ではない。もっとも、十人という少人数なら、ありえなくもないが)


「容疑者に怪我人は出たか」

「いいや、素直なもんさ、抵抗は一切なかった」


 厳の手際がいいのは認める。けれども、一人残らず怪我もせずに捕まったのが気になった。地下銀行客の客にしても下手をすれば、風蓮五紀市に二度と入れなくなる。


(怪我をするくらい、必死に逃げようとする奴はいなかったのか)

 枝言霊の通信を切って、厳粛に取引内容を告げた。


「パースィマン、お前を風蓮五紀地下鉄運行条例違反。建造物への不法侵入で逮捕、チェスナットは見なかったことにする。持って来た情報が正しければ残りも見逃す。ただし情報がクズだった場合は覚悟する。それでいいな」


 パースィマンが深々と一例した。

「寛大なご処置に感謝いたします」


 パースィマンがにこやかに申し出た。

「ああ、それと私、金はあるんで拘置所は特別室をお願いします」


「さっきの三百万円は使えないよ」

 パースィマンが余裕を滲ませながら、答えた。


「金は後で届きますから。十条さんでしたっけ? 所属部署を教えてください。ニュイジェルマンの捜査令状を取るに足る証拠を、すぐに発送させていただきますよ」

「ほう、やけに準備がいいんだな」


 ここまで準備が良いと、やはり 踏み込み→逮捕→取引までは、筋書き通りなのだろう。 


 十条の心中を察したのか、パースィマンは涼しげに声を掛けた。

「ここまで用意しとかないと、取引材料にはなりませんから」


 チェスナットを地下鉄の闇に逃がした。

 パースィマンが部屋の隅にあったカバンに電子蝶を一匹だけ残してしまった。パースィマンが一匹だけ残った電子蝶を目の前で泳がせた。


 来た道をパースィマンと一緒に、十条は引き返し始めた。

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